第百二十三話
くらくらするなぁ……。貧血による倦怠感が、日付が変わった朝の僕を苛んでいる。
昨日の実験のせいだろう。調子に乗って血を出し過ぎた……あの後フロッツさんに『どっちが幽霊か分かんねぇな』と皮肉を言われたこと以外何も覚えていない。かなり危険な状態だったのだろう、人は興奮すると自分の限界を知覚出来なくなることを知った。
幸い、昨日の夜ごはんの余りがレバーの甘露煮だった。昔から血を流しすぎた時には、肉を食べるのが一番……らしい、だが昨日よりはだいぶマシになったし、実はほとんど完治しているのだ。
さてそんな事を考えているうちに、『幽霊車』がやってきた。
「……」
『なんだ? 浮かない顔だな。……まぁいい、好きなとこに座りな』
僕はフロッツさんに一礼してから、『幽霊車』の座席を見た。
「……」
どんな顔をすればいいかなんてわからない。実質僕は何もされていないんだし、むしろ彼女は「偶然その場に居合わせてしまった被害者」だ。僕みたいな第三者から糾弾される筋合いなどどこにもない。
「あ、あの……ホーエンハイムさん」
彼女に非は無い、そんなこと頭ではきちんと理解している。
でも。
「……今日、体調悪いから」
もう僕の中での彼女は、力による一方的な暴力を、理不尽を……見て見ぬふりをする人間だと、そう決定されてしまっていたのだ。
なるべく目を合わせないように、外の景色を見るふりをしながら僕は彼女の様子を伺った。……後悔の念に苛まれながら、僕は事の発端であるソロモンを、少しだけ恨んだ。




