第百十二話
「何をしていた、と」
僕の事を睨みながら、リュウ=アルビオンは言った。
「粛正だ。そこに転がっている男への断罪をしていた」
「断罪……? ソロモンが何かしたのか?」
自分は今とても冷静に人間をやっていると思う。今すぐにでも目の前の不良を殴り殺したい気持ちに制止を掛け、こうやって会話をしている。
だが、あくまで言い分を聞くだけだ。仮にソロモンが無言で殴りかかっていて、それに対する正当防衛とは言わせない。――あの手は、本気だった。本気でソロモンの喉を押し潰し、殺そうとしていた。
それに、いかなる理由があろうと、友達を傷つける奴は許さない。
「――その男は、俺個人を侮辱したわけではない」
「何を、言って……」
リュウはため息をついた。半歩、足が出るが拳は出ない。僕は黙って話を聞いた。
「その男は「円卓の騎士」を侮辱したのだ。太陽の騎士「ガヴェイン」も、聖槍の騎士「パーシヴァル」も……そして、俺が授かった湖の騎士の名、「ランスロット」も」
僕は、咄嗟に別の方向を見た。そこには、苦い顔をしながら下を向くパーシヴァルさんと、厳しい顔をしているアキレスが居た。
「……なんで」
僕はリュウの攻撃を警戒しながらも、二人に問うた。
「なんで、助けなかったんだよ!」
たくさんの生徒が僕を見る。構わない、これは糾弾しなければいけない事件だ。
だっておかしい。自分よりも力も実力も何もかも差があると分かっている人間を、殺そうとした……異常だ、普通の人間ならまず止めに入る。勇気が無かったとしても、教師に助けを求めるぐらいならできたはずだ。
「正当化するのか? 殺しを。目の前で首を絞められている人間がいるのに、何もしないで突っ立ってるのが「円卓」の合格者なのか⁉ 悪口一つで人を殺すのか⁉」
お前らもだ! 僕は前後の野次馬共を威圧した。
「見てるだけで助けも呼ばない。何もしない……お前ら全員共犯だ! よってたかって一人を殺した犯罪者だ!」
僕はリュウを再び睨んだ。血管が浮かび上がり、今にも爆発しそうなほど怒りに満ち溢れた男を。
「……貴様も、侮辱するか?」
「当たり前だろ。理屈も筋も何もないじゃないか、どうしてそんな理由で殺そうと思った!」
「誇りとは、武人や賢人などの努力者に置ける「人生の支え」だ。何を新年に、何を目的に、何を成してきたのか……それらを全てひっくるめた物が誇りだと、俺は思う」
リュウはソロモンを指差した。
「それをそいつは侮辱した。あろうことか、世界で最も誇り高き騎士たちの誇りを」
「だったらなんだよ。「私は自分の生き方を馬鹿にされたのでそいつを殺しました」ってことか? ふざっけんなよ!」
怖い。凄く怖い。誰も賛同しない、誰も反旗を翻そうとしない……意見を持とうとしない、間違った場の空気があると分かっていても、誰も動かない。
いいやそもそも理解しているのか? ここでは、そういうルールでもあるのか?
「……ホーエンハイム」
集団のうち一人から、真っ赤な髪を持った少女の声がした。アキレスだ。
「お前の言い分には理解を示す。人を殺してはいけない、騎士とは……弱き人を助ける存在だ」
「じゃあ、何で……」
「声に出したから」
そのまま喋った。
「別に思想を持つことは間違っちゃいねぇ。意見の違いもまた「誇り」の一つだ。でもそれを口に出し、言葉にしたのならば……それは相手の「誇り」を否定したことに他ならない。これは決闘なんだホーエンハイム。ソロモン・ハルガートと、リュウ=アルビオンの」
……とはいえ。そう言ってアキレスさんは、集団の中から出てきた。
「やり過ぎだ、リュウ。ホーエンハイムの言うとおり、命を奪うことは間違っている」
「騎士の決闘は「誇り」のぶつかり合いだ。手を抜くことは侮辱と何ら変わりない」
「あいつの「誇り」は浅く狭い、お前がそこまでしてやる必要はねぇと思うけど?」
二人の間に不穏な空気が漂った。今度はこの二人が戦うのだろうか。
「……ふん」
リュウは鼻で返事をした。野次馬共を気にせず、道の真ん中を通ってどこかへ行ってしまった。
「……よかったな、ホーエンハイム」
アキレスはそう言って、ソロモンの方へ向かった。担ぎ上げ、僕の方を向いた。
「保健室に連れて行く。気づいてないかもしれねぇけど、お前も相当やられてるから来い」
拳を握る。穏便に事が済んだのならばいいだろう。
(……リュウ=アルビオン)
穏便なんてクソ食らえだ。




