第一話
三日前ぐらいから、母親がベランダで寝るようになってしまった。
もうすぐ『冬の大精霊』の本軍がやってくる季節だ、ちょっとした雪が降る時もあるし、正直言って自殺行為としか思えない。
「母さん、家に入りなよ」
暖炉の赤い火を指差しながら僕は硝子の奥で外を見る母親に言う、だが。
「いいのいいの! 私が好きでやってるんだし……あなたは自己紹介の練習でもしてなさいな」
そう言って母親は何重にも重ねた毛布に身を包み、道路の左右と自分の家のカラフルな郵便箱を凝視し続けた。
なぜ母がこんな奇行を三日も続けているのか、理由はまぁなんとも嬉しく恥ずかしく……そして思わず笑ってしまうような内容だった。
実はこの僕、パラケルスス・ホーエンハイムは、三日前に受験をしたのだ。
受験先は『キャメロット大学』。かの伝説の『円卓の騎士』が実際にその身を置いた城であり、今も尚生き続ける『不滅の魔術師』……アーサー王伝説の始まりを作ったとも言える、「魔術師」マーリンが校長を務める、『世界三大魔法大学』の一つに数えられる大学だ。
当然、受けたい奴らは凄い人ばかりだ。同じクラスには二、三人ほど『水鏡』で見た事がある人の名前があった。高等魔術である『瞬間移動』もお手の物の奴らがほとんどだった。
「……受かるはず、無いだろ」
少し歯噛みしてから、僕はパチンと指を鳴らしてみる。
――何も、無い。当然だ、ただ指を鳴らしただけなんだから。
「……嘘つけ、他の奴らは出来てるんだよ……」
火も水も、小さな光すら現れない自分に嫌気がさし、僕は部屋に戻るべく立ち上がった。
・『水鏡』
この世界で言う所のテレビ。水にかけられた「魔法」により、離れた場所からでも遠くの景色や人物を見ることができる。