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Act.01 平民と貴族、陰キャと陽キャ

シンデレラストーリーは望まない



時に人は名も顔も分からぬ相手に想いを馳せる。有り得ないと言いつつも人は顔だと言いつつも目に見えぬ燃え上がる感情に左右されることがある。平安の世からあるであろうその習わしともいえる不確かなものは今、現代でも形を変えて存在している。

「それでね、りっくんがねー?……って聞いてる?」

「聞いてる、聞いてる。来季のアニメに『えちご』が出る話でしょ」

「その話、だいぶ前に終わってるよ」

大好きなアニメ雑誌を閉じてその稀有な存在である友人を見上げる。心底幸せそうな顔をして彼氏の話をしているが事情を知る私からしたらそれは彼氏とは到底思えない関係で聞いてるこっちは頭が痛くなる話。それでも友人である美和が彼氏だと言い張るのならそうなんだろうと割り切ってはいるものの正直心配だ。だってよりによって。

「ネット恋愛なんてさ」

「あ!またその話!しかもまたくだらないって顔してるし!言っておくけど、葵がそう思ってるだけで割とネット恋愛は今の主流だよ?!出会い系アプリやマッチングアプリで恋愛っていうのも珍しくないし」

「別にネット恋愛を否定するわけじゃない」

「じゃあなんでさっき『なんてさ』って言ったの?」

言いたくもなる。私の友人である美和は顔も名前も知らない。写メさえもお互い交換してない。声だけお互い知ってるような関係で3ヶ月付き合ってるのだという。そんな声だけ、チャットだけの関係で信頼関係がきずけるのか。私には理解ができないという話だ。そしてこの論議を美和と続ければ喧嘩になる。仕方なしに本を鞄に突っ込んで人がまばらになった教室を見渡した。

「葵ってば」

「ごめん、私そろそろバイトだから」

これ以上は埒が明かない。私と美和は価値観が違うのだからここは甘んじて下がらねば。心配だけど、彼女に何度言ったところで答えは同じ。そしてそんな友人についてネッ友に相談してる私もまた美和と同類と言われればそうなのかもしれないし。なので流す、という選択で今はやり過ごすしかない。

『今日も惚気を聞いてしまった』

『もう放っておいてもいいんじゃない?』

『前にも言ったけどそうはいかないよ、大事な友達だし』

『じゃあ止める?』

いつものチャット相手であるこの人とも無限ループ。美和とも無限ループのように感じていたのに自分の相談内容も無限ループとは呆れて何も言えない。だって愚痴ることしかできないよ。ここは現実で漫画やアニメの世界みたいに王子様が来ました、ハッピーエンドじゃない。だってそんな恋愛、ゲームみたいなものじゃない。乙女ゲームやって酔いしれてる一時の感情と同じじゃないの?顔が見えないってつまりそういうことでしょ。

「はー……やってらんない」

下駄箱を開けてローファーを取り出す。なんてことない日常の悩みの種。自分じゃないけどもしも美和に何かあったらどうしよう。事件に巻き込まれでもしたら夢見が悪い。彼女のタメを思って何度も苦言は呈した。スマートフォンに並ぶ文字列に相変わらず毒舌なユーザーメッセージ。

「止められるもんならもうとっくに止めてるよ」

パタン、と閉じた下駄箱。靴を履いて外に出ようとすれば掲示板に何かを貼る先生の姿が目にとまった。画鋲をとめてスタスタと消えていく先生。こんな放課後に掲示物なんて珍しい。いつもなら授業中とかに貼ってるとかなんとか聞いたけど。いや聞いただけなんだけど。なんとなく内容が気になって掲示板へと目を向けて貼られた白黒のプリントに近づく。

「合併のお知らせ?は?本校は受験者が大変少なく、資金難に追われておりましたが今回、1年生の受験者がゼロになったため実質廃校と相成りました……ん!?廃校!?!?」

いやいやいや。どういうこと!?プリントを目で追っても廃校、そしてとある男子校と合併する内容しか書いてない。ならSNSはどうだろうかとリアルアカウントを調べてみればもう話題になっていた。友達のネット恋愛事情なんて今はどうでもいい。それより合併だ。だってこんなの聞いてない。私、ここの、寄りが丘女子高校の生徒会長なのに。

「って、バイトあるじゃん!」

SNSを追いかけながら歩くこと30分。バス代を浮かせるために走ったところにある小さな無人駅。うちの高校は名前の通り女子高。だがしかし、言った通りバス、しかも2時間に一本という交通の便の悪さに立地の悪さ。普通科と商業科しかないのと文化祭や運動会といった学校行事が一切ないことから学校人気も県内最下位。そんな私が何故この学校を選んだかと言われれば中学で盛大にやらかしてしまったので家から1時間半もかかるこの高校に通ってる。いわば高校デビューってやつだ。それに私は変に目立つのが嫌だ。でも内申点は欲しい。数少ない生徒のなか、将来の安泰には勝てず今に至る。生徒会長をしてバイトもして通う苦学生。大学や就職の時には良いアピールポイントになるだろう。そう思ってたよ、高校1年生の昨日まではね。なんで高校1年で生徒会長になれたか。先輩は3人しかいなかったから。そして先輩は皆やりたくないと首を横に振ったからだ。うん、この時点で経営とか色々私立だし察しておくべきだった。悔やむな、私。起こってしまったことは仕方ない。

「まだ着かないし」

現実逃避のためにイヤホンを耳に填めてとりあえず考えても仕方ないので明日の自分に任せる。今はこの豊かな田んぼの景色と『リーガルリリー』の主題歌とともにバイトへ急ごう。


「やーっと、着いたぁ」

木で造られた無人駅に似つかわしくない現代的な改札。ICカードを当てて通ると、丁度反対方向の電車がやって来た。いつもこの時間帯に1両しかない電車が停る。そして決まって誰も降りてこないどころか無人のはず。なのに、目の前の電車から珍しく人が降りてきた。黒い学ランを着た青みがかった黒髪の白い肌をした青年。明らかに整った顔立ちと圧倒するオーラ。一瞬フリーズしてしまう。

「はっ」

何を見てるんだ、私は。たぶん芸能人かユーチウーバーかなにか。そう、撮影か何かだろう。くるりと踵を返して階段へと足を早める。

「あの」

ここは田舎景色だけは撮れ高いいからなぁ。心霊スポットとしても有名なの近くに何件かあったかな。

「あの!」

そういえばバイト今日何時までだろうか。やばい手帳確認してなかった。

「あの!!!」

「え?」

ブルートゥースのイヤホンがころりとハズレて首にぶら下がる。振り向いた先にはさっきの動画配信者さん(仮)が階段を昇る私を見上げていた。

「えーっと、何か?」

「ここって寄りが丘女子高校の最寄り駅ですか」

「はい、そうですが」

「寄りが丘女子高校ってここからどのくらいですか」

「寄りが丘ですか?ええっと、歩きなら30分。バスでなら次が17時50分ですから2時間後です」

「にじっ…?」

普通そんな反応になりますよね。分かる分かる。ってこの人、うちの高校になんの用だろうか。おそらく顔立ちは綺麗だけど男の子。男子高校生がなんのためにうちの高校まで?

「あの、つかぬことをお聞きしますがうちの高校に何か?」

「あれ?聞いてませんか?本日付で寄りが丘女子高校は廃校になるんですよ。廃校になったら僕達の高校、篤山高校に通ってもらうことになるので今日はその段取りを寄りが丘女子高校の生徒会長さんとする予定なんです」

「あー、廃校の……って待ってください!本日付!?しかも段取りって」

「もしかして先生方から廃校の件聞いておりませんか?」

廃校は聞いておりましたとも。ついさっき貼り紙でね!しかしですね、生徒会長同士の段取りの話ってなに?!先生から何か連絡はきてないかと漁ってみればついさっきズボラな国語教師、稲穂先生から『職員室来て』と一言。あの適当教師め!

「すみません、廃校の件はお恥ずかしながら先程知りまして。段取りの件も今しがた……申し訳ありません」

「何故貴方が段取りについて謝られるので?」

「ええっと、申し遅れました。私、寄りが丘女子高校生徒会長の青山葵と申します」

「貴方が寄りが丘の生徒会長さん?」

「あー、はい。そうです」

「そうでしたか。こんなに早くお会いできて嬉しいです」

絶対学校戻ったらあの不良教師、ぶん殴る。でも今は目の前の緊急事態をどうにかしなければ。ニッコリと爽やかスマイルを見せる美青年はどうやら撮影でもなんでもなかったらしい。陰キャにそんな眩しい笑顔を向けないでくれ。私の培った引きつり営業スマイルも限界に達したころ美青年が大きくため息をついた。

「あーあ、ここまで来て愛想振りまいて馬鹿みたい」

「えっ?あー、あはは」

頭をガシガシ掻く美青年からの発せられた言葉に驚きつつも『まあですよね』と心の中で呟く。リア充系男子が私みたいなのに愛想なんか使ったって損しかない。その反応、花丸です。むしろそちらの方が落ち着きますことよ。このくらいの蔑んだ顔も目の方が慣れているのでね。バイトで鍛えられてるので冷静に返せる。2次元ヲタクなめんなよ、顔が良いからってなんでもOKするわけじゃない。それに私はリアルの男という人種が何よりも苦手だ。だからできるだけ相手に合わせて最低限度の会話も礼儀もこちらは尽くす。仕事とプライベートは分ける派なのだ。

「高校の方に行かれるなら徒歩で良ければご案内しますが」

「いらない。寄りが丘女子の生徒会長さんに会えたし」

「先生方にお立ち会いして頂かなくて良い内容なのですが?先程お手続きと仰ってましたが」

「いいよ、君から一言貰えればいいだけだし」

「一言?」

「そう、一言。寄りが丘女子高校の生徒会長を降りてくれる?」

「は?」

「明日から学校は合併する。そうなると生徒会長は2人になる。うちの高校は生徒会が学校の全てを取り仕切る習わしになってる。そちらさんはどうか知らないけど、うちの高校に通うなら生徒会の意思に従ってもらうことになる。けどさ、うちの校長先生厳しくてね。俺が生徒会長になるなら寄りが丘女子の生徒会長の権限を譲って貰わなきゃ今回の場合は認められないってさ。まあそうだよね。絶対王政に王様が2人もいる。王様は1人しかなれないんだから」

随分喋るな、このイケメン。そして中性的な顔に似合わず横暴さが目立つ。やはり陽の民とは相容れぬ。早くぶら下がったままのイヤホンを耳に突っ込みたい衝動を抑えてできるだけ冷静な対応を試みる。

「あの、それは断った場合どのようになるんでしょうか?」

「生徒会選挙」

「は?!この時期にですか?!」

「有り得ないでしょ?それに僕も無駄な争いはしたくない。だから穏便に済ませようとわざわざ来てやったの」

「穏便……?」

「なに?」

「いえ」

彼は穏便という言葉をご存知だろうか。いや絶対知らない。これは穏便ではなくチンピラのやる恐喝に近い何かだということに。

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