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〜6.

 危機感も使命感も、とうに忘れた。幼い頃はそれを全身に受けながら育ったものだが、今の俺にはそんな観念が存在していないような気がする。

 初日の観察業務はまずまずと言ったところだろうか。対象の情報は予定よりも多く得られたわけだから、失敗ではないことは確か。


 館山ミカンに付いているのは、裏切り者の娘。あの博士が裏切り者と呼ばれることに関しては何も知らないが、こっちは義父から散々そう教育されてきたわけで。まぁあれが教育と言えるものなのかは疑問に溢れるばかりだがな。

 今日は、久々に普通の人間に近い生活が送れた。レーザーの出るわけのわからない右手も今日は大人しくシャーペンを握っていたし、やけに硬い左手も今日は物を破壊しなかった。だからといって何があるわけでもないが。


 両者の会話から推測すると、館山ミカンの元に青木ナズナが訪れたのがおそらく昨日。館山は自らの正体に気づいていなかったという話だが、あの女が知らせたことはほぼ間違いないだろう。学校にまでついて来ているあたり、護衛が必要な段階なんだろうな。

 護衛か……クク。あの女がどれだけの頭脳を持ち合わせていようが、どれだけの身体能力を持っていようが、所詮は無改造のホモ・サピエンスに過ぎん。それに、こちらは敵の情報を握っているという強みがある。どこから来るやもわからない敵を倒す為にあがくアイツらとは、備えている銃の弾数も威力も違うというものだ。


 武内家で育った俺は、館山家で育ったアイツとは格が違う。力を高めるために生きてきた俺と力を封じられて生きてきたアイツとじゃ、今日まで過ごしてきた日々の質が違う。のほほんと生きてきたアイツは、人を殺したことすらないんだ。俺から言わせれば信じられない。

 義父が裏切り者と呼ぶ者は、俺の敵。俺の敵は、俺が殺す。そういや、青木ナズナの父を殺したのは館山ミカンの力を封じる為らしいじゃないか。第一の改造が行われた後、第二の改造を施して能力を制御したはいいが、盗難を恐れて細かい設計書を作らなかったという話。まぁそこまでしか知らないが、アイツが昔のような強力な体に戻るには、ほとんど自力で能力を覚醒させるしか方法がないってことだ。16年間何事もなく生きてこれた程の強力な制御を自力でだなんて、不可能に近いだろうな。


「……おい、今日の結果を報告しろ」

「はい。チャンスを利用して奴の現状を把握することができました」

「どのようなものだ」

「まだ能力は覚醒しておらず、あの研究者の娘が護衛に回っているような状況です」

「そうか。ならば今のうちに叩いてしまってもいいだろう。あの小娘がいない隙にでも殺してしまって構わん」

「はい。様子を窺ってみます」


 暗い部屋にやってきた義父は、用件だけ告げてまた去っていく。

 俺は、ただの兵器。友人も恋人も肉親すらもいない。誰にも情を持たず、ただこの義父の指示に従って動いていればいい。首を横に振れば、この命が消えるのだから。


 唯一まともな会話を交わす義兄弟にも、情は湧いていない。幼いころはまだそういった思いがあったかもしれんが、自分の存在が人間と等しくないと思ううちに消えていった。

 生まれながらにして、俺はそういう運命を辿っている。仕方がないことだ。悔しくも悲しくもない。

 さて、明日はもう奴を殺す気で家を出るとしよう。館山ミカンの能力については未知数だが、現時点ではこちらの勝利は確実。それに、話を聞いた限りでは俺の力と館山ミカンの力はほぼ同等。経験の差から見て、奴の能力が覚醒したとしても俺の勝利を疑う余地はない。

 そして奴の能力が覚醒したとして、急なパワーアップに肉体がついてこれるのかも疑問だ。俺が自らの能力の反動に耐えられるのは長年の鍛錬があるからで、1日2日で突如覚醒した爆発的な力を奴の肉体がコントロールできるはずがない。

 いやしかし、開発者は青木ゲンジという世界最高峰の技術の持ち主。第二の改造を彼が行っているということにもう少し警戒したほうがいいかもしれん。万が一にも俺が敗北した場合……。

 ――気のせいか、部屋の扉が少し開いているような気がするのだが……。


「あ、兄ちゃん、ちょっとバスケ教えてくんない?」


 状況を把握していないであろう義兄弟。争いを知らない、知ることのない人生を歩む義兄弟の無垢な笑顔に、湧く兄弟愛があるのだろうか。今の俺には、わからない。


「……義父さんはなんと?」

「いいよ。いつもみたいに内緒で、ダメ?」

「……仕方がない。少しだけだぞ」


 馬鹿か。敗北などありえない。俺が負けるということは、俺自身の死を意味するのだ。

 もっとも、幼き頃から死ぬような思いは何度もしてきたんだがな。

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