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〜5.

「ないも同然だった貴様の力を、特訓という場で価値あるものにする。いいな?」

「いやそんな急に言われても……」


 今日は元々学校帰りに特訓を行う予定であった。その体を包む強化筋力の覚醒、今日の目的はそれであったのだが、予想外になんとも嬉しい光景を見ることができたではないか。

 授業も終わり、ようやく今日の特訓に取り掛かれるな。


「ミカン。とりあえず一旦家に帰るぞ」

「あぁ、うん。その後は……特訓?」

「それ以外に何がある」

「ですよね……」


 それにしても、今日編入してきた武内スイレンという奴。初日から驚くほどにミカンに近付いていた。彼が今回の敵と何らかの関係があると予測しているが、早くも情報を探られているかもしれん。

 ミカンの能力が大幅に制限され、攻撃を迎え撃つことができないと相手に知られればかなりの危険が生じる。いや、敗北するだろう。私もろとも殺されるか、敵の奴隷にされる。

 ミカンの能力を奪われる、ミカンを洗脳する等の手段を用いられれば、国の崩壊なんてものでは済まされないだろう。


「ねぇナズナ」

「なんだ?」

「こないださ、僕のこと最強とかなんとか言ってたけど、僕ってどのくらい強いの?」

「ふむ。実際に見てはいないが、父上から聞いた話では『1日あれば地球を破壊できる』とのことらしい」

「わかった。信じない」


 信じ難い言葉であることには違いない。私ですらまだ少し疑いをもっている程だ。一度この目でその最強の能力とやらを見てみないことには何も言えん。


「でもさ、特訓とかで能力が目覚めちゃったら、その力に僕の体が耐えられないんじゃない? 操り方も知らないし、地球壊しちゃうよ」

「おそらくその為の人工知能と強化筋力。貴様に組み込まれている機器を発動させれば問題はないだろう」

「根拠もないくせに……」


 根拠がないというのは心外だな。私の尊敬する父の技術にぬかりがあるとでも言いたいのだろうか。父の言うようにこの少年に驚異的な力が備わっているとして、その力がどれほどのものなのかはわからないが、それを制御している父の開発した装置が狂いなく働いていることは13年間程の期間が確かに証明している。


「ただいまぁ」

「鞄を置け。すぐに行くぞ」

「靴も脱いでないんだけど」

「知らぬ。時間がないのだ」


 そう、時間がないのだ。こうしている間にも敵は確実に私たちとの距離を縮めているに違いない。ミカンが敵を返り討つことができるまでに力を引き出す、それが今の私の役目。

 それにしても、ここは程良い田舎だな。少し外れた場所に行けば人の姿も見えない上に、鳥のさえずりが響くほどに静かだ。安心して特訓ができそうだな。


「……ねぇ。特訓って何するの?」

「今日は貴様の強化筋力を目覚めさせようと思う」

「え? 一日で?」

「できればな」

「無理に決まってるだろ!」

「やりかた次第だと思うがな」


 ――強化筋力。通常の人間の筋肉と変わらない見た目で何倍もの力を出せるよう遺伝子改造が行われた肉体。よくこんなものを人間に施そうと思ったのかは理解できないが、戦闘用のサイボーグとしては必要不可欠なものなのかもしれんな。


「でも、筋力って言っても僕全く筋肉ついてないし、発揮できた試しもないよ」

「それは違うぞ。一部ではあるが、貴様は恐ろしいまでに強化筋力を活性化させておる」

「え?」

「貴様、学校から家に帰るまでにどれだけかかる?」

「5分」

「それが異常だということに何故気付かない。私ですら走っても25分はかかる距離だというのに」

「……そ、そうなの?」


 やはり自覚していなかったか。昼休みに教室を駆けだしたときのミカンは、間違いなく桁外れの脚力を見せていたというのに。おそらく、自覚していないことにも原因があるのだろうな。


「で、でも僕、体育の授業で早く走れたことなんてないし……」

「それについては幾つか考えられる。脳から筋肉へ送られる信号の伝達における問題、機能できている筋肉の違い、環境や状態に左右されるメンタルの問題などだ」

「……難しい」


 ふむ。優れた人工知能が機能していないことも原因だろう。もしかすると、ミカンは通常の人間の50%も脳を使っていないかもしれん。仮に脳の構造が改造されていたとして、全体の50%程が人工知能でしか働かないものになってしまっていたら……。


「ミカン、貴様が哀れなまでに低脳な理由が少し見えてきたかもしれん」

「少しは気を使って。僕に対して」

「それは置いておくとして、貴様の強化筋力を完全に機能させるにはどうやら先に人工知能を機能させなくてはいけないようだ。特訓メニューを変更する」

「何やるの?」


 ミカンが改造された目的を考えれば自ずと方法は浮かび上がってくる。


「取りあえず私と拳を交えてみようか」

「……いや、まったく意味がわからないんだけど」

「貴様は元々、国の征服用、即ち戦闘用に改造されたサイボーグだ。その人工知能に戦闘用の思考回路や知識が組み込まれている可能性は高い」

「ていうかさっきから推測ばっかじゃん。本当に大丈夫なの?」

「まぁ何をしても死にはしないだろうから、案ずることはない」

「それも根拠無いけど……」


 空手、柔道、剣道、テコンドー、カポエラ辺りを全て心得ている私の攻撃をミカンに向け、その打撃に対する防御や反撃を見る。運が良ければ同時に強化筋力も発動させられるだろう。


「今日はとりあえず私の攻撃を全てかわせる様になってもらう。いいな」

「無理だよ! 絶対無理!」

「問答無用!」

「うわっ!」


 時間がないのだ! 一分一秒も早く! 敵が攻め入る前に!


「ナズナ! ちょっと待って!!」

「待たぬ! かわせ!」

「うわっ!」


 ファーストアタックの右ハイキックはしゃがんでかわした……まぐれだろうか。当たるまでに時間のかかる足技程度は軽くかわしてもらわないと困るからな。もう少し、打ち込む!


「ハァッ!」

「おわっ!」

「ハッ!」

「うっ!」

「かわせ!」

「うおっ!!」


 全てかわしたか。これが左右に打ち分けられると……!


「ハッ!」

「ぬぁ!」

「フッ!」

「とっ!」


 足技のみの連打は問題なくかわせるときたか。あながち私の推測は間違っていないようだな。本人が無意識に攻撃をかわすように動いている可能性が見えてきた。


「ナズナ! ほんと危ないって!」

「何を言っておる。全てかわしているじゃないか」

「これは体が勝手に……」

「喰らえ!」

「ちょ!」


 右! 左! 上! 下! ほう、突きも全て交わせるときたか……!


「油断するなよ!」

「だから危ないって!!」

「よければよい!!」

「うわぁ!」


 突きを交えた蹴り、上下左右に繰り出してもおそらく大丈夫であろう……!

 左中段、下段と蹴りを放ち、かわしたところに右!!


「ナズナ! 危ないって!」

「これでどうだ!!」


 そう言うと同時、私は出来る限りのスピードできついコースに2発の蹴りを放つ。これもまた素人とは思えない動きでかわされたが、それは布石に過ぎん!


「かわしてみろ!」

「うわっ危ない!!」


 目の前に飛んできた拳におののく姿と情けない表情を捉えた、はずだった。

 崩れた体勢に打ち込んだはずの拳に手応えがなく、かわされたと察知した瞬間にはミカンの左腕が私の右腕に被さり、こちらの顔面を目がけて弧を描いていた。頬を打ち抜かれた衝撃で私の体は少し後方に浮く。ここまでが、瞬間。


「ぐっ……!」

「だ、だから危ないって言ったんだよ……」


 やはり、私の予測は正しかったようだ。格闘技に関しては素人以下の能力しか持ち合わせていないはずのミカンが、私の攻撃をかわすだけでなく、無意識だろうが瞬時にカウンターを放ってきた。そして何より、こやつは自らの拳が反射的に反撃に出ることを悟っていた。何一つの実戦も交えていないというのにだ。


「ナズナ、大丈夫?」

「クリーンヒットではないから問題ない」

「もう止めようよこんな特訓……」

「たわけが。貴様の力はまだ百分の一も出ておらん。ここで止めて何を得られる」


 甘い。精神的に未熟過ぎる。近い未来に自らの命が消されるかもしれないこの現状で弱音だと? 笑わせないでほしい。


「いいかミカン。貴様の体は戦闘場面において反射的に動くようになっている。埋め込まれた知能と視覚や聴覚などのリンクによって、驚異的なスピードで体に信号が送られているのだろう」

「な、なんかわかんないけど……僕の意思とは別のところで体が動かされているような……」

「その反射的な動作を自らの意思と繋げれば更に強力なものになるであろう。今日一日あれば、ある程度は引き出せそうなものだが……」

「今日一日!? 無理に決まってるよ!」

「そのくらいの覚悟を持て! この事態を少しは把握したらどうなんだ!」

「ご、ごめん……」


 今日一日で全てを引き出すことに無理があるのは私とて理解している。だがこの特訓自体が無茶なものとは思っていない。普段使っていないミカンの部位を働かせただけで、一般人以上の格闘能力はあると確認もできた。だがこれでまだ、力が錆びついた状態なのだ。まだまだ人の領域を超えてくれるぞ、この少年は。


「ナズナ、次は何やるの……?」

「そうだな。とりあえず意識的に攻撃することから始めてみるか」

「ええ!? 意識的にって……」

「私に殴りかかれ」

「無理だよぉ!」


 まったく。情けなさに関してはすでに一般人を超越してるようだな。

 こいつは危機感や使命感という観念を持ち合わせていないのだろうか。

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