〜3.
自分の親父が何を考えているのかなんて、物心ついたときから全てわかっていた。いや、無理にでも理解させられたんだ。実の父親でもないその野望の塊に、俺の人生は既に狂わされていた。
右手に仕込まれたレーザーで野猿を狩り、鉱物の仕込まれた左手で岩を割っていたのが1番遠い記憶だってもんだから、人間として生まれてきた実感なんて何1つない。
無機質な電球に、やたら忙しいコンピューター。愛のない人間に、血まみれの動物。そんなもんに囲まれて育つうちに、色々なものを失った気がする。
いや、元々何も持っていなかった。この世に生を授かったこと自体がもう間違っていた。夢を追うことや人を愛することなんて、失う前から持ち合わせていなかった。
神は、平等なんて言葉を知らなかった。同じ家に暮らす義理の兄弟と俺の違い、これだけ簡単な間違い探しもそうはない。トータルで見れば、恵まれている人間がいる分、そうでない人間がいることが平等なのかもしれないが、劣る方が何も感じないわけもなく、ただただこっち側の人間は苦しむばかり。平等や公平なんて言葉、いらない。
「お前には明日から監視に回ってもらう。くれぐれもあの化け物に気付かれるんじゃないぞ」
「……はい。義父さん」
「何の為に生きているか、何の為にここにいるのか。わかっているよな」
「……理解しているつもりです」
「ならいい。お前の役目は重大だ。ミスがあれば起爆スイッチをためらいなく押す者がここにいることを忘れるんじゃないぞ」
自分の命ですら他人がいつでも携帯している。このまま生きるか、埋め込まれた機械をぶちまけて死ぬかなんて選択肢に意味があるのだろうか。殆ど感情のないこの脳に、思考という不純物が紛れ込んでいることに苛立つ。苛立つってことは、感情があるってことか。あぁ。考えるのも面倒臭い。全て、止めてしまえ。
いつからこうなったとか、どうしてこうなったとか、もう考えたくもない。考えたところでそこに選択肢は表れず、一歩前に置かれた石を踏まされるだけ。その石に両足を乗せれば、それまで自分が立っていた石が沈んでいく。後戻りのできない、先の見えない飛び石。
「兄ちゃん……」
俺の生き方の全てにおいて対極をとるその兄弟。血が繋がっていないのならば、義兄弟か。
『義理の家族』とはよく言ったものだ。実際こうして俺の目に映るのは『偽兄弟』。『義父』ではなく『偽父』。何の繋がりもない、赤の他人。
「何故、お前は俺の弟なんだ?」
「……わからない」
「そうか。俺もわからない」
幼い頃に交わしたこのような言葉が、今も胸に残っている。記憶に刻む程のことではない会話が鮮明に思い出せるのは、脳というメモリーがいつまでも溢れないからだろう。溢れるほどの思い出を背負うなんてこと、俺にはないんだ。
生まれた時から言われ続けてきたことを、ただひたすらに守る。命が惜しいと思っていたのは最初だけで、今は惰性に近いものがある。
「兄ちゃん、明日から学校だな」
「……」
「一緒に登校する?」
「いや、いい」
「……そっか」
身近にいる義兄弟も、俺の使命を把握していない。長い間時間を共にしたはずだが、俺がどういう人間なのかも全く理解していないだろう。だが、それでいい。
苦悩、憤慨、悲哀、歓喜、全て封じられたことが今では正解に思えてしまう。こんな状況でそれらを持ち合わせていたとしたら、俺は舌を噛み切っているだろう。他人からの言葉に何も感じないからこそ、俺は今を生きていられる。
生への執着? 死への恐怖? 今更そんなものでくくれやしない。今日まで歩まされてきた人生がある以上、ここで変えることなど不可能であり不必要である。
幾度となくメスを入れられた肉体は、疼くことを忘れた。それでいて何事もないように振る舞うことに慣れ、表向きはただの人間であることを自らに言い聞かせた。
存在価値や自我ですら煩悩となり、人間である証拠は除夜の闇に消え失せた。消えずして今も尚残る俺の使命はただ1つ。
――館山ミカンを殺すこと。
幼い頃から耳にしていたその名前が、俺が俺である証になっていた。他人をどうこうすることが人生の意義とはいかがなものだろうか。もう、どうでもいいんだがな。
夜が来れば朝が来る。日曜日が来れば月曜日が来る。俺が感じることができる変化なんてものは、今はこれくらいしかない。しかしそれは周期的に訪れるものであり、止まっているものとなんら変わりはない。俺は変化を忘れたのかもしれない。
――どうでもいい。くだらない。
明日になればようやく標的に少し近づけるという多少の変化があれど、俺自身の存在や行動に根本的な変化は訪れない。そう、何一つ変わらないのだ。