〜19.
『昨日、神宮市で大雨や落雷などの異常気象が発生しました。調べによりますと午後4時頃、神宮市上空で急速に雨雲が集合、連結し、落雷を伴う豪雨が約20分ほど続いた模様です。この気象は南部から北上する台風とは違い、突如神宮市の上空に発生したもので、現在気象庁が解明にあたっているとのことです。落雷により公園の遊具等が損壊していますが、怪我人はいません。続きまして……』
体が、鉛のように重たい。昨日はズタボロに体を痛みつけられた挙句に『あっちの僕』が発動したから、力の反動と傷で体が思うように動かないのだ。かなりしんどい、死にそう……。
「ミカン、情けないぞ。今日は学校を休むが、明日からは行ってもらうぞ」
「あぁ痛い……」
ナズナも体はかなりボロボロだと思うんだけど、これが精神力っていうやつなのか、見た感じはかなりピンピンしているようだ。羨ましい。
「あんな非日常的な出来事があったというのに、明日は何事もなかったかのように学校に行かねばならん。辛いだろうが、宿命だと思え」
「はぁ……」
ナズナに朝ごはんを作らせると大変な目に遭うとわかっていたので、トーストを焼いて食べることにした。朝のニュースではどこの局も昨日の異常気象を取り上げているけど、あれ僕のせいなんだよなぁ……。
トーストをかじりながら少し罪悪感に浸っていると、リビングにお客さんが降りてきた。
「おはよう。」
「おはようスイレン君。体大丈夫?」
「あぁ、昨日は悪かったな、泊めてもらって」
「気にすることはない。ヤナギはどうした?」
「まだぐっすり寝てる。傷の回復は早いみたいだから、大丈夫だと思うぜ」
「そうか。とりあえず、しばらくはここに住んで治療に専念することだ」
「……まさか、父さんが逃げるとは思ってなかったよ」
孤児だったヤナギを……じゃなくてヤナギさんをサイボーグに改造し、教育どころか脅迫し続けてきた卑劣な男は、自分の兵器が打ち負かされたと知って妻と共に逃亡。なんなんだよ、一体。
「貴様らの体がそうなっている以上、病院には行けないのでな。私の医学の知識と技術を持って治療にあたるが、構わないな?」
「もちろんさ。会ったばかりなのに、2人には迷惑かけてばっかりだ……」
「気にしなくていいんだよ! 悪いのは……!」
そこまで言いかけて言葉を止めたのは、実の父を悪く言われることがどういうことかを考えたからだ。どんな親でも、他人に悪く言われたら嫌な気持ちになるのは当たり前なんじゃないか。
「悪いのは俺の父さんだ。間違いない」
「なんか……ごめん」
「いいんだ。俺だって父さんのことは許せない。悪事に手を染めた人間は、肉親だろうと敵だ」
「スイレン君……」
「とりあえず、最低でも貴様ら兄弟の治療が終わるまではここにいてもらうことになるからな」
一つの家にサイボーグが3人。なんだかとんでもない場所になってしまったようだ。こんな非現実的な場所はこの世にひとつしかないだろうね。
「それにしてもミカン、お前強いなぁ!」
「え? あぁ……なんかそうみたいだね……」
「みたいって、記憶は共有してるんだろ?」
「そうなんだけど、自分の意志で動いてる感覚じゃないから、なんだか夢見てたようで」
「大気を操れるって、それ無敵なんじゃないか?」
「でもやっぱり7分7秒しか時間がない訳だし、雷なんかは完全にはコントロールできないみたいなんだ」
「まだまだ強くなれるってことじゃんか」
最後に勝負を決められたのも、レーザー誘雷という相手の武器を逆手にとった戦法があったからこそ。そんな知識を『あっちの僕』が持っていなかったら、ほとんど打撃戦になって、7分7秒じゃ時間が足りなかったと思う。
『あっちの僕』はさすがというべきか、頭の回転が速い。僕が普段使うことができない部分の脳を使えているらしいから、本来の僕は頭が悪いわけじゃないんだ。という理屈が気休めになるのはいいんだけど、できればもっと日常生活にあの頭の回転が欲しいものだ……。
「ミカン、これからは特訓を行って77MPTを自在に操れるようになってもらうぞ。いいな」
「はいはい。体が動くようになってからね」
「敵の人数も能力も、今はわからない点が多い。いつ奴らが攻めてくるかわからんのだからな。気を抜くなよ」
――敵。そうだ、敵だ。
僕のお母さんが殺されたのも、ナズナのお父さんが殺されたのも、スイレン君が普通の人間を捨てたのも、ヤナギさんが望まない戦いを強いられたのも、全部奴らのせいだ。生まれてきた環境を憎む? 違う。僕は憎むべき相手を憎む。
今のこの環境だって、僕が小さい頃に望んでいたものとは全く違うさ。最初は嫌だったよ、戦わなくちゃいけないなんて。でも、僕のことを大切にしてくれるお父さんがいて、僕を助けに来てくれたナズナがいて、スイレン君っていう友達がいて。大切な人たちの為に立ち向かわなきゃいけないって思ってから、僕はこの環境の中で生きていく覚悟ができた。そしてこんな環境だからこそ、色々と感謝できる。
『あっちの僕』は、強かった。何年も閉じ込められていた人格のはずなのに、躊躇いなく戦った。大切な人を守るために戦った。どうしても変えられない運命はあるけれど、その中でどう生きていくかは自由で、強く生きていく権利もある。『あっちの僕』のように、自信を持って『大切な人を守る』と言える強さに、僕は憧れる。僕がどんなに頑張ってもあそこまでの力は出せないけれど、心は強くなれる、きっと。
心の弱さを集めた僕と言う人格が、後から作り出されたものだって知った時は悲しかったけれど、その僕の心が成長すればもっともっと強くなれる。いつか能力の発動がコントロールできるようになったら、『あっちの僕』に力強くバトンを渡そう。
「なぁ、ミカン」
「ん? 何?」
「兄ちゃんはさ、なんていうか……悪い奴じゃないんだ。なんて説明すりゃいいかわかんないけど、それだけはわかってほしくて」
「……僕はスイレン君を信じるよ。ヤナギさんのことも、これから信じていきたい」
「ミカン……ありがとう」
友達の笑顔。この大切な宝物を、僕が守れるように。
「ただし!! 下手なことをすればミカンの能力でのめされると思え。次は命はないと伝えておくんだな」
「あーもう! 空気読んでよ!!」
「ミカンもとにかく油断はしないことだ。さっさと傷を癒して特訓に励むぞ、いいな?」
「まったく……そんなに早く『あっちの僕』に会いたいんですかって」
「な、何!? 貴様なんて馬鹿なことを!」
「あーほらほら、ムキになっちゃってさ。昨日だって急に顔赤くし……」
「あ、あれは雨で熱が出たのだ! 私は人間だぞ! 風邪ぐらい引く!!」
「はいはい、わかったわかった」
「……貴様殺す!!」
――とりあえず、7分7秒間でいいからナズナをなだめられる方法を教えてよ、『あっちの僕』。
fin
読んで頂いた方、ありがとうございました。
書き進めていくうちに迷走……結局、力不足からか満足できない結果になってしまい、企画参加者として申し訳ない気持ちになりました。
しかし、慣れない文章やジャンルに挑戦したことで僕の中で確立したモノを見つけられたり、少しではありますが技術の向上を図れた気がします。これも空想科学祭という企画のおかげです。
この小説も手元で書き直す等して、新たな姿にしたいと思います。
読んで頂いた方、企画参加者の方、主催者さん、本当にありがとうございました!!
よろしければ、これからも藤手凛悟をよろしくお願い致します。