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〜17.

 ――1日あれば地球を破壊できる程のサイボーグ、館山ミカン。とある事情により能力を制限されたが、私の直感が正しければ今この瞬間、その全てが解放された。


 怒りの雄叫びをあげたミカンを中心に風が渦を作る。木が揺れ、土が舞い、空には雲が集まってくる。一体これは……?

 突風に吹き飛ばされないように公園の遊具にしがみつき、渦の中心をじっと見つめる。しかし、土が舞っているためかミカンの姿を確認することが出来ない。倒れたままの武内スイレンが心配だが、この状態では動くことができん……。


 やがて突風が止み、気付くと上空が雲で覆われて辺りが暗くなってきた。僅かに吹く風に乗って、頬に冷たい粒が当たる。

 ――水? 雨か。これほどの暗雲が集まれば真下にあるこの場所への降水は当然だが、一体何が起きているというのだ。

 風に乗って宙を舞った土が次第に地面へと還っていき、渦の中心が見えてくる。そして人影がはっきりと浮かんできた。この現象は明らかにミカンによるものだ。間違いない。


「館山ミカン! お前なにを……」

「……ふう。13年ぶりか。俺が顔を出すのは」

「何をいってやが……」


 ヤナギが言葉を切った理由は一目瞭然。私ですら、言葉を失う。


「生憎だが、7分7秒しか時間がない。説明はとりあえずざっとだけにしとく」

「お、お前……誰だ……?」

「あぁ、俺か? 館山ミカンだよ。ただし、さっきまでとはまた違う館山ミカンだけどな」


 背格好はほとんど変わっていないが、頭髪は全て銀に近い灰色に染まり、緑色の瞳が怪しく輝いている。そして何より顔つきが全くの別人。おどおどしたあの情けない顔はそこにはなく、不敵な笑みを浮かべている。どういうことだ……!


「こっちの人格にスイッチするまでこんなに時間がかかるとは思ってもいなかったぜ。もっとも、こっちが『本当の俺』なんだけどな」

「……ほう」

「3歳のときに研究所をぶっ壊したのは『あっちの俺』でなく『こっちの俺』だ」

「言ってることがよくわからんが……とりあえず俺はお前を殺さなくてはいけない。説明は不要だ、今すぐ殺す」

「てめぇのことなんか知らねぇよ。おい、ナズナ。まだ説明が必要か?」


 私の知らない館山ミカンが、私に問いかける。冷たく鋭い瞳が、じっと私を見つめる。


「……まだ理解できていないものでな。できれば説明してくれるとありがたい」

「そうか。じゃあコイツをぶっ飛ばしながら説明するから、時間が切れたら『あっちの俺』に残りを聞いてくれよ。記憶のメモリーは共有しているからな。あとスイレンをちょっとどかしといてくれ。うっかり殺しちまいそうだからよ」


 この状況でこの余裕。もどかしい、早く説明しろ!

 雨が段々と強くなる。足場が悪くなる前にあの弟をこちらに……。

 私が立ち上がって動きだそうとした瞬間、ヤナギが私の前に現れて拳を振り上げた。本当にとんでもないスピードで動く奴。やはり人間との差が大きすぎる……!


「――この体をフルに使いこなせるのは7分7秒しか出られない『こっちの俺』だけだ。だがしかし、暴れまわれば当然のように肉体に反動は残る」


 ヤナギより一歩遅れて飛び出してきたはずのミカンが、ヤナギを超えるスピードで私の前に現れた。口調を変えずにヤナギの拳を掴み、地面に薙ぎ払う。短い時間で行われる攻防。コンマ1秒以下の世界がここに存在した。


「……くっそ」

「反動に耐えられる程の肉体強度を持つことが『こっちの俺』を呼び出す最低条件。その気になればすぐに超えられるハードルなんだが、ここからが問題だ」

「舐めやがって!!」


 平然とした口調での説明を止めないミカンに、ヤナギが飛びかかる。ミカンはそれもまた平然とかわすが、決してヤナギのスピードが遅い訳ではない。


「普段の俺の人格は、この体に宿る弱さの塊をそのまま人格化したもの。そうすることで『こっちの俺』は戦闘力を増すが、普段の俺は甘っちょろいガキになっちまう」

「死ねぇ!!」

「そんなガキが自分から肉体改造に励むわけもねぇ。体に眠った身体能力はいつまでも眠ったままになっちまうわけだ」

「くっそぉ!!」

「叩けば叩くほど磨かれる俺の強化筋力は、てめぇのレーザーによって極限まで引き出されたんだぜ?」


 会話だけ聞いているとただの口喧嘩に聞こえるかもしれんが、2人は紛れもなく体で戦っている。いや、ミカンはかわしているだけだ……。


「そんで重要な発動条件。こいつはお前もわかったかもな」

「黙れ! ぶっ飛ばすぞ!!」

「怒りによる理性の喪失。人格ってのはいわば理性の加減で形成されるもんだ。そこに感情が加わり、人格がブレンドされる」

「……くっ……」


 上下左右から繰り出されるヤナギの攻撃が全てかわされる。ミカンの体は攻撃をよける為の反射神経が備わっているが、それをここまで引き出せるとは思ってもいなかった。


「人間てのは年を取るごとに理性が感情を抑えるようになっていく。感情が理性に打ち勝つときは大抵ろくでもないことが起こるってことを、人間は本能で理解している」

「だからなんだ!」


 ヤナギの大きな声が響くとともに、2人の動きがピタリと止まる。いや、ミカンが『止めた』のだ……。ヤナギの額に人差し指を押し付け、ニヤリと口元を緩める。


「普段の俺は怒りの感情なんか全部抑え込んじまうような奴だ。そんなストレス胃潰瘍タイプの人間が理性を超えて怒るってことがどういうことだかわかるか?」

「……知るかよ」

「てめぇがよっぽど腐ってるってことだろうがぁあ!!」


 ミカンが声を荒げると同時に、ヤナギの体が宙を舞う。いや、舞うなんて綺麗な表現では嘘になる。蹴り飛ばされ、血を吐きながら数十メートル先に飛んだ。

 雨は次第に酷くなり、粒も大きくなっていく。スイレンの元にようやくたどり着いた私は、まず彼の意識の有無を確かめる。


「おい! 大丈夫か!?」

「……大丈……夫……生きてるよ」

「よかった……とりあえず公園の隅に……」


 しかし、彼を担いで運ぼうとするも体のダメージが邪魔をする。くそ、こんな怪我がなんだというのだ……これしき……。


「怪我人に任せて済まなかったな」


 ミカンはそう一言だけ告げ、私とスイレンを抱えて走り出した。いや、走ったなんてもんじゃない。野球のピッチャーから放たれた速球のように、目指す先にまっすぐと飛んでいくような感覚。

 一瞬で公園の隅に着き、屋根のある場所に私たちを降ろした。



「ナズナ」

「あ、あぁ……」


 急に人格がスイッチしたとなると、対応のしかたに困惑する。まったく別の人間と話しているようだからな。


「青木先生は言わば俺の命の恩人だ。俺は必ず仇を討つ」

「……頼む」

「そして『あっちの俺』も言ったと思うが、俺は誰にもお前を殺させない。絶対」

「……え?」

「恩人の娘ということに加え、青木の血は天才であり、貴重なんだ。ここで絶やすわけにはいかねぇ」

「そ、そうか……」


 先祖代々から伝わる青木家の歴史をこやつは知っているということか。記憶を共有できるということは、この人格が持つ記憶をこれから『あっちのミカン』が持つことになる。これから色々と話すことが増えそうだな。


「俺は命を懸けてお前を守ると誓う。何年先も何十年先も、お前が年老いても俺が絶対に守り抜いてやる」

「………!」

「だから『あっちの俺』をよろしく頼むぜ。お前しかいないんだからよ」

「……な、何だ急に偉そうにしおって……!」

「ハハ。偉そうなのはお互い様だろ」


 ――なんだこの感覚は。胸が痛い。締め付けられるような……。言葉が上手く出ず、会話に詰まる……。気のせいか、なんだか顔も熱い。怪我の影響か……?


「あと3分半か。充分だ。とりあえず俺の体についての説明を続けるぞ」

「ああ……」

「設計書に書かれた『77MPT』の意味はもうわかったよな?」

「……『7分7秒のマルチ・パーソナリティ・タイム』と言ったところか」

「さすがだな。普段の人格に戻るスイッチがない為、代わりに制限時間が設けられた。更にそれは短ければ短いほど戦闘能力を凝縮することができ、暫時的な戦闘力を上げることができる」

「肉体に掛かる負担と時間の関係か……」

「そうだ。そしてそのおかげで俺に備わっていたある能力が強化された」

「……あの雨雲や竜巻のことか」

「ご名答だ。そして『こっちの俺』が終わっちまうと、最低でも1時間は『あっちの俺』のままだ。それがなかなかキツイところでもある」

「それと、77MPTダブルセブンエムピーティーの発動はコントロールできるのかを知りたい。いつも今日のように上手くいくとは限らんだろう……?」

「安心しろ。さっき説明したように、俺が一度でも現れるということはかなりの出来事が起きているってことだ。博士のチップによる制御はその辺までしっかり考慮されているんだ」

「訓練次第で意図的に発動させられると」

「その訓練の方法はお前に任せるぜ」


 仕組みが解明された今、おおかたその辺りの予測はつく。次の戦いが訪れるまでにはコントロールが利くようにしておくべきだな。


「ミ……ミカン……」


 息を切らしたスイレンが呻くように声を発した。喋ることも苦痛になるほどの傷を負っているはずだから、まだ動ける私が早く治療をしてやらないと……。


「あと少しで元に戻っちまうんだろ……? 早くしないと……まずいんじゃないか?」

「心配は無用だぜ。奴と俺じゃあ実力に差がありすぎる」

「でも……あいつのレーザーはいくらお前でも避けられないはず……ダメージが消えたわけじゃないんだろ……? あと何回か食らったらお前は……」

「大丈夫さ。なにせ、アイツはやたらと都合のいい相手だからな」


 あと2分を切った。ミカンが負けるとは思えないが、奴のタフさを考えると確実に勝てるとも思い難い。何か対策があるのだろうか……。都合のいい相手……?


「そうだスイレン。お前にいい知らせがあるぜ」

「……?」

「この戦いでは、誰も死なない」

「……兄ちゃんも……助かるって……!?」

「あぁ。ヤナギは俺が殺さない限り死にやしないからな」

「でも……体内に爆弾が……」

「よく考えてみろ。お前ならわかるはずだ」

「……」

「そんじゃあ行ってくるぜ。時間切れになったら悪いが探しに来てくれ。『あっちの俺』に戻っちまったら、歩けそうにもないんでな」


 ミカンはそう言うと先程いた方へ目にも止まらぬ速さで駆けていった。勝つにしろ負けるにしろ、77MPTが切れる瞬間には決着が着く。頼んだぞ、ミカン。


「スイレン、傷はどうだ」

「……細胞による自己治癒で少しはマシになるはず……出血が致死量に至っていなかったことが幸いだった……」

「自己治癒……独学だとしたら本当に恐ろしい奴だな」

「それより、さっきミカンが言ってたこと……」

「――ヤナギの体内に爆弾は仕掛けられていない」

「やっぱり……そういうことか」

「お前のかぎ爪で感電した際も、凄まじい衝撃を喰らった後も爆発していない。遠隔から起爆するタイプの爆弾は起爆方法の殆どが電流によるものだ。電流を通電させ直接起爆させるタイプと、電流を流すことで周辺の装置に衝撃を起こして起爆するタイプ。後者で仮に外部からの電流を受け付けない構造になっていたとしても、あの爆轟の衝撃で起爆しないとは考えにくい。それに感電の様子を見ても、体内が絶縁体で埋め尽くされているようには見えなかった」


 ヤナギと言うサイボーグを軍事利用して征服を図るならば、誤動作や外部からの攻撃で起爆することなどあってはならない。いくら自分の都合のいいように動かしたいからと言って、体内に爆弾など仕掛けるのはあまりに愚かと言うもの。敵がそのような低脳でないことを理解していれば導ける答え……。


 漆黒の暗雲は更に密度を増し、雷鳴が轟く。降りしきる雨は打ちつけるような豪雨に変わっていき、視界を悪くした。

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