〜16.
あと少しで殺されるというところで、助けが入った。ボロボロになった体を引きずったスイレン君がヤナギの右足を掴んで地面に叩きつけ、僕は延命されることになった。スイレン君がさすがにもう動けないだろうと思っていたのはヤナギも僕も同じだったが、彼は立ちあがった。
「ミ……ミカン、まだ死んでいないよな……」
「スイレン君! まずい! これ以上は本当に命が!」
「それはミカンも同じだろ……? 命を賭ける理由があるんだから、俺は死ぬまで戦う」
――死ぬまで。彼は、本当にここで死ぬ気だ。あのまま倒れていれば、助かった可能性だってあったはずなのに……僕を守るために。
「スイレン……お前……!」
「兄ちゃんよ……なんで俺の急所を突かなかったんだ。てっとりばやく殺せる方法くらい知っていただろ?」
「……」
「答えは簡単だ……。情が邪魔したのさ。兄ちゃんが散々バカにしていた情にな」
「何をほざいている。お前を殺さなかったのは任務対象でないからだ。動けなくすればそれで十分だった。お前のダメージはそれに値しているはずなんだがな……」
ヤナギの言うとおり、スイレン君の体はもう限界を迎えているはず。あれだけの攻撃を受けて、あれだけの出血をして、立つだけならまだしも攻撃に回るなんて考えられない。
「まだ動けるさ……。情がある限り……体は動く!!」
宙を舞い、懐から取り出した30センチ程の短いパイプで殴りかかる。スイレン君が予想外に動ける様子にひるんだヤナギは、かわしきれずに腕で攻撃を受けた。打撃を受ける不快な音が鼓膜に届く。
「ぐっ……!」
「受けたな!」
次の瞬間、パイプの先が光り、破裂音の直後に爆発が起こった。小規模の爆発にしては、爆風が強い。その光景を直視していたせいか、目が少し眩む。
立ち上った煙が晴れていき、その先には地面に膝をついたヤナギとパイプを握ったスイレン君が見えた。あの爆発に相当の威力があったのだろうか。僕の頭じゃまだ理解できない。
「……お前……なんていう武器を使いやがるんだ……」
「爆轟パイプと名付けた。音速を越える爆発は、すさまじい破壊力をもつ武器となる」
「爆轟……?」
「接近戦において有効な武器になるものを俺は見逃したりはしない」
聞いたこともない単語が脳に伝達されるが、やはり僕のメモリからは情報が引き出されない。どういうことなのだろう。
「……爆轟、音速以上の爆発を総じてそう呼ぶのだ。音速以下の爆発では生まれない威力の衝撃を伴う爆発は、主に鉱物発掘や軍事利用などに用いられる。大規模な解体作業にも使われている現象だ」
「ナズナ! 喋らなくていいのに!」
「いや、これは見ものだからな。武内スイレン、奴はなかなか侮れん奴だ」
ヤナギはまだ立ちあがらない。やはりさっきの攻撃で相当のダメージを負ったように見える。体の傷を感じさせない程に余裕に染まったスイレン君の表情が勇ましい。
「正直、これはあまり使いたくなかった。科学技術を軍事利用するようで気が引けるからな」
「……どんな仕掛けだ」
「火薬の濃度を高めたことは言うまでもない。このパイプの中には細い放電型電気雷管が通っていて、その周りに何重もの耐火構造パイプが仕込んである。その上、熱より爆轟で生じる衝撃波を重視したからこのパイプが熱によって破裂することはないんだ」
「……」
「絶縁性の高い放電型電気雷管を用いることで静電気による不慮の爆発を防ぎ、先端が触れた対象との間に電流を流せば点火完了。音を越える速さで爆発する。パイプそのものの形状にも特徴があって、火薬の詰まってる方は手元よりもわずかに広がっている。それを踏まえた中の構造も衝撃が先端にいくようになってるから、俺もパイプも無傷ってわけさ」
まさに発明した武器といえる。僕と同い年なのにそれ程の知識を持っていて、詰め込む対象もある。彼が自分で自分の体を改造したなんていう信じられない事実も、信憑性を増していく。
「先程のプラズマのかぎ爪もそうだが、奴はおそらく研究者の父の技術を盗んでいるのではないだろうか……」
「そうか! スイレン君のお父さんは、僕を軍事利用しようとした連中の一味。武器の類には異常な知識や技術を持っているんだ」
「あの小さなパイプに詰められる火薬の量なんてたかが知れたもの。火薬の開発は時代が進むとともに進化しているが、あのヤナギの体に少量の火薬で大きなダメージを与えられる程の技術を得ているとは恐ろしい」
――勝てる。スイレン君の技術で、決着が着くかもしれない!
まだ立ちあがらないヤナギの表情が、ダメージの深刻さを物語っている。予想外の上に予想以上の展開。
「技術の進化は、人を変えてしまう。父さんが悪に染まったように、ミカンがサイボーグにされたように、人を不幸にしていく」
「……人は力を欲する。いつの時代もそれは変わらないだろう」
「技術は欲の為でなく、人の為に使われるべきだ。兄ちゃん、もう降参してくれ。でないと俺は、もう兄ちゃんを殺す術しか思いつかないんだ……。日本がずっと守ってきた法を犯した上に、大切な人を殺すなんてまっぴらだ……」
「……まさかお前!」
「……核兵器を持っている。人間4,5人を消滅できるほどのとてつもなく小さいものだけど」
――核兵器。それぐらいは僕だってわかる。歴史の勉強で散々教えられた、あの核兵器。かつての戦争の終結に用いられ、それにより世界が恐怖に震えあがり、徐々に核に関する様々な条約が制定されていった。ついこの間の授業が頭に浮かんでくる。
つい1年程前に外国の核実験が世界的に問題となり、日本のメディアにも取り上げられた。この時代にとって、核兵器という単語はまさに悪。技術の進化があっても、絶対に進化してはいけない文明。
「……この兄弟の父親、いや、その一味が核の力を保有していると考えてもいいだろう……。これは先が思いやられるな」
「そんな……何のために……」
「奴らは悪だ。そこに道徳や倫理がない以上、我々が理解を求めることが筋違いだ」
まさかの単語に顔色が変わるヤナギ。ここで義弟に殺されるか、義父に殺されるか、選ばれる可能性の高い選択肢が増えて困惑している様子だ。
「兄ちゃん。俺が父さんから起爆スイッチを奪うと約束するから、もう降りてくれないか……」
「……あれから簡単にスイッチを奪えるとでも思っているのか?」
「それを期待したから、俺を殺さなかったんだろ?」
「……」
この流れは僕にとって悪い展開ではない。この調子でスイレン君の説得にヤナギが応じれば、戦わずに済むどころか問題の解決まで進むかもしれない。お願いだヤナギ、もう降参して……。
「……わかった。俺が降りよう、スイレン。スイッチを奪うのに力を貸してくれ」
「……兄ちゃん!」
――やった! 誰も死なずに終わる……終われる……。
「俺は兄ちゃんが好きだ。たとえ血が繋がっていなくても、一緒に育ってきた家族だ。だから抜けだそう、この環境を! 二人で協力すればできる!」
「……そうだな。初めからそうしておけばよかったのかもしれない」
1人では決してできないことも、誰かの力があれば簡単にできてしまったりする。僕1人ではどうしようもなかったこの場に、スイレン君が助けに来てくれた。ナズナの特訓のおかげで、戦う意志が持てた。誰かに頼るということはものすごく勇気のいることだけれど、決してできないことじゃないんだ。
「……ミカン、体中が痛いのだが、早く帰らないか?」
「そうだね。僕も限界近いし……痛い……」
――僕も、2人に協力しよう。できることなんてないに等しいかもしれないけど、この戦いは僕に関係のあることだ。僕が他人事のように目を背けていいものじゃない。
争いを止めた兄弟が向かい合い、弟が兄に手を差し伸べている。
「時間がない。今から体力の回復に専念して、タイミングを窺って実行に移そう」
「……そうだな。迷惑かけて悪い」
「何言ってんだよ、兄弟だろ?」
スイレン君が差し伸べた手を、ヤナギがそっと握る。
――しかし、それは和解の証ではなかった。兄弟の絆が繋がると同時に繋がれたかに見えたその右手は強く握られ、兄の左手は弧を描くようにして弟の顔面を打ち抜いた。予想も期待も裏切る、残酷な暴力。
安心しきって警戒を解いていたスイレン君は思い切り地面に叩きつけられ、うめき声を上げる。
「に……兄ちゃん……」
「馬鹿が。何が協力すればできるだ。懸かっているのは俺の命だけだろうが!」
「……でも……俺は……」
「今ここで館山ミカンを殺す方が早い。起爆スイッチを破壊するのはそれからでも構わないだろう。悪いが確実な方を選ばせてもらう」
――どうして?
「だいたいな、こそこそと兵器を作らねば俺に刃向えんような弱い奴の力なんて当てにならんというものだ」
――なんでだよ。
「俺の体に少々ダメージは残っているが、あの雑魚を殺す力は十二分にある。そもそも俺の体はあの程度の爆轟は簡単に耐えられるように出来ているのだ。お前も哀れだな。勝負の最中に敵を信用した結果がこれだ。よく覚えておけよ」
――おかしいだろ。
「……そんなこと……絶対させない……!」
「ならばお前から殺すぞ。スイレン!」
――ふざけるな。何してるんだよ。
「ぐ……! やめてくれ……兄ちゃん……」
「ほう、相当弱ったものだな。こんな蹴り一つでそんな顔をされちゃ、やりがいがないってもんだ」
――止めろよ。止めろ止めろ止めろヤめろやめろヤメロ。
「……おいミカン! どうした!」
「止めろ……今すぐ止めろ……止めろ……」
「おかしいぞ! おいミカン!」
目が渇いていく。瞬きするのを止めた目の水分を空気がさらっていく。
顔が熱くなっていく。全身の血液が逆流し、脳の付近に集まっていく。
手の平が生ぬるい。強く握った拳の中で、爪が食い込んで流血する。
呼吸が荒くなり、体中の毛細血管がプチプチと切れていく様子が伝わってくる。ダメだ。もう考えることすらキツい。
沸騰した思考の隙間から学校でスイレン君が言っていた言葉が浮かんできた。
『――我慢できないときってこう、プッツンと言っちゃうんだよ俺』
『――友達のこととなると我慢できなくて、俺が俺でなくなっちゃうっていうか』
そうだよ。僕が僕でいられるはずがない! これ程までの怒りで自我を保つなんてこと、できてたまるか!!
「ミカン! 落ち着け! どうしたんだ!」
「……落ち着いてなんかいられない」
自分の説得に応じたと思って差し伸べた手を、振り払うどころか踏みにじる。無抵抗の彼はまだ諦めずに堪えている。なんなんだよこの状況は。兄弟のあるべき姿でも、人間のあるべき姿でもない。
「手から血が……」
「ナズナ……僕はキレたぞ……」
「え……?」
『――なんつーか、もう1人の俺が現れるっていうか……』
「……そうだ。僕じゃない僕が……」
「何を言って……」
マグマのように煮えたぎる腹の底から、何かがじりじりと這い上がってくるものを感じる。鼓動が速い、体が熱い。そうだよ。人間がキレるっていうのはこういうことなんだよ。
「ナズナ……ごめん」
「……何がだ……?」
先に謝っておかなくちゃ。ごめんなさいお父さん。ごめんなさい母さん。ナズナもスイレン君も本当にごめん。
――僕はこれから、地球を破壊するかもしれません。






