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〜15.

 銃弾をかわす気なんてものはない。喰らったところで大したダメージも受けないということがわかっていれば、どんな攻撃も怖くない。


「……銃弾を掴むとは、さすがサイボーグと言ったところか」

「ただ正面から撃つだけでは、俺には当たらんぞ」


 当たるはずもない。俺がこれまでの人生で何度義父に銃口を向けられたと思っているのだ。当たっても死なないと言われ、容易に避けることができるようになるまで何度も引き金をひかれた。銃だけではない。あらゆる武器に対する防御精度のテストの度に体を傷つけられ、貫かれ、血を流した。ただの人間とは違う。生きてきた環境が違う。


「貴様のことを想ってここに来た弟をああまでにするとは、情のかけらも感じられんな」

「この期に及んで口の減らない女だな。情? そんなもの必要がない」

「それを捨てるということは、人間としての誇りを捨てたようなものだ」

「そんなものとっくに捨てている」


 いつ捨てたのかは覚えていないが、気付いたらそんなものはなくなっていた。言われるがままに生き、一本道を歩いてきた。そうするしかなかった。

 他人のことを考えて得するような人生でもなければ、生き方を変えられる人生でもない。道具と化した俺の人生なんてものはもはや『人生』ではなく『使い道』に過ぎんだろうがな。


「捨てただと? もともと人間だった貴様がそんなことできるはずなかろう」

「……どういう意味だ」

「この世に自分以外の人間が存在する限り、人間が情を捨てることなど不可能だ。それが人間と言う生物の性であり、人間である証拠だ」

「生憎、俺は人間ではない。ただの兵器だ」

「感情を司る脳の一部分に改造でも施されたのか?」

「知らんな。目視できない部分についての改造には、俺は触れることができないからな」


 感情のバロメーターが形あるものとして確認できたら、それはサイボーグでない唯の人間でも感情を邪魔に感じることだろう。いかなる場面で押し殺し、時には感情のみで乗り越えなくてはいけない壁がある。


「……私が死ぬにしても貴様が死ぬにしても、これだけは言っておこう」

「俺が死ぬなんて状況になるはずもないが、遺言として聞き入れてやってもいい」

「守るべきものが自分自身しかない貴様に、情を語る資格はない。人生を語る資格もない!」

「……言いたいことはそれだけか?」


 敗者の戯言というものはもっと美学のあるものだと思ったのだが、その泥臭い言葉には呆れてものも言えんな。

 右手をかざし、照準を合わせる。たかがガキ一匹殺すのにこうも手こずるとは思ってもいなかったが、味気ない事の運びになるより幾分かマシだったかもしれんな。


「まだ若いというのに残念だな。生まれた環境を恨んで死ね」


 そう言って右手に力を込めた瞬間、出来損ないが死に損ないの女の前に立ち、身代わりとなってレーザーを浴びた。


「……ミカン!」

「痛……。でもやっぱり、僕の体はこのレーザーにかろうじて耐えられるようだね」

「耐えられるだと? 流血がそれを否定しているだろう!」

「ナズナ。僕はまだ死にたくない。キミを死なせたくない。友達を助けたい」


 光速を超えた早さの動きが存在しない以上、発射のタイミングを窺っていたわけではなかろう。このガキが女を助けられたのも咄嗟の動きであり、紙一重を図ったわけでもない。


「館山ミカン。貴様を殺せれば俺はそれで満足だ。女を死なせたくなければそのまま俺に殺されるがいい」

「……嫌だ」

「死ね!」

「……ッ!」


 仲間を覆うようにして攻撃を浴びるサイボーグの姿。あまりに滑稽過ぎる。自分がこんなガキを殺すためにこんな人生を歩んできたかと思うと、吐く台詞も見つからないというものだ。惨めな姿を晒して死ぬがいい。


「ミカン……! 死ぬぞ貴様! 私なんぞ庇っている場合ではなかろう!」

「……大丈夫。死にはしない……はず」

「そんな保障などない!」

「と……とにかく……僕は……」


 ――おかしい。高威力の光線を何度も撃ち込んでいるはずなのに、致命傷に至らない。それどころかまだ会話ができる状態だというのか。決して奴の防御が上手いわけではない。それだけ肉体に施された改造が強靭なものだということか。

 しかしそれも時間の問題。重なったダメージはいずれ核に届き、肉体を滅ぼす。いつまで耐えられるかな、小僧。


「……ぐあッ!」

「ミカン! このままだと死ぬぞ! 戦え!」

「……僕の今の力でできることはこれしかない。戦いながらナズナを守れるほど僕は強くないんだ……」


 ふざけている。敵に背中を向け、自らの死が訪れるのを待ちながら仲間を守るなど考えられん。俺はこんなガキに小馬鹿にされているというのか。戦いを知らぬ、敵を知らぬ、死を知らぬ。命のやり取りというものがどれだけ残酷なものかを理解していないこんなガキに……。


「糞ガキ。今の気分はどうだ?」

「……最悪だよ、本当に」

「ハハ。そりゃそうだ。呑気に暮らしてた毎日から一転し、まさか今日自分が死ぬとは思っていなかっただろうからな」

「……くっそ……」


 振り返った館山の顔は情けなさの塊だった。血が出る程に唇を噛みしめ、目から大粒の涙を流してただこちらを睨んでいる。そんなに死が怖いか。それほどまでに生きていたいか。しかし残念だったな。お前がお前である以上、運命からは逃れられん。


「悔しいのはわかる。若くしてこの世を去らねばならんという状況に置いて、この世に未練を感じないなどということは珍しいだろうからな。しっかりと噛みしめておけよ。己の運命を恨め。なに、死ぬ間際には走馬灯のように記憶が巡るらしいから、過去を思い返すには十分な時間があるだろう」

「……違う」

「……何が違うという」

「……死が怖いとか、運命が憎いとか、そんなんじゃないんだ」

「お前の涙が他に何を語るという」

「悔しいんだ……! お前を倒せないことが、人を守れないことが悔しいんだ! 未練があるとしたら、もっと強くなる時間が欲しかったんだ!」

「くだらないな。時間があったとして、お前のその軟弱な人格で強くなれたとは到底思わん」


 依然として背を向けたままの館山は、全身を震わせながらこちらを睨み続けている。恐怖に打ちひしがれた精神も、あと数分で消え失せるだろう。あと少しで、お前は死ぬのだから。

 右手をかざし、再び照準を合わせる。十分いたぶることができた、最後はその頭部を撃ち抜いて死なせてやろう。最後の意識まで恐怖に染まったままとは、弱小者の鑑だな。


 しかし、確実に仕留める為のわずかな集中の時間に意識を奪われていた俺は周囲の気配を感じ取れていなかった。右足に感じた違和感、重み。それに気付いた瞬間、地面に体を叩きつけられた。衝撃が体に走り、一瞬だけ視界が真っ暗になった。決して予測できない事態ではなかったのだが、あと少しで殺せるというところで邪魔が入ってしまうとはな。


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