〜13.
邪魔に入る隙を感じさせない2人の雰囲気が、空気をピリピリと揺らす。これがサイボーグ、これが技術!
「どけスイレン!!」
ヤナギが左手を振りかざし、スイレン君に殴りかかる。かわしたと思いきやすぐに蹴りが飛び、すかさずガードの態勢に入る。
「俺の左拳でのパンチが決まればお前の負けだ、スイレン!」
「そんなことしなくたって、レーザーでも使えばいいじゃないか!」
レーザー、さっきの光のことだ。とてつもない高温の光線を直線状に放出し、焦がす。もしアレが飛んできたとして、受け切れる術があるのだろうか?
「死ねぇ!」
一瞬でスイレン君の胸元を掴み、再び殴りかかる。
首の動きで間一髪かわしたはいいものの、空を切ったヤナギの左拳はそのまま遊具に突き刺さり、鉄製の遊具が音を立てて折れた。あれはただのパンチではない?
「スイレン、防戦一方か?」
「様子を見させて頂いてるんだよ!」
「生意気な……」
そこから目で追うのがやっとの攻防が始まった。地面を蹴って殴りかかり、ひざ蹴りを顔面に叩き入れ、何発も何発も打っては防ぐを繰り返す恐ろしい殴り合い。周囲の遊具はボロボロにへし折られ、鈍い音が響く。
「……ミカン、2人の攻撃が見えるだろう?」
「え、ああ……」
「あれが最低限の肉弾戦と思え」
「あ、あれが……?」
攻撃をもらえば後方に飛ばされ、ガードには流血が伴っている。殴り合ってからまだ時間もそんなに経っていないというにも関わらず、戦闘の痕跡がこの公園に次々に植えられていく。
「ミカン、今のうちに設計書を!!」
「うん!」
スイレン君が善戦しているなら大丈夫なはず。おそらくナズナも同じことを思っている。自分たちが入ってきた入口のほうに駆けようとしたそのとき。
「逃がすかぁあ!」
スイレン君と必死に打ち合っている真っ最中のはずのヤナギが目の前に回ってきた。
驚く間もなく首根っこを掴まれ、植木に叩きこまれる。ナズナは砂場の方まで勢いよく蹴り飛ばされた。
「おいスイレン。お前それが本気だとしたら俺には絶対敵わないぜ?」
「……糞兄貴」
「悔しかったら傷一つ付けてみろ!」
キツい一撃をもらった。僕が軽いとはいえ、人一人軽く投げ飛ばせるほどの力。くそ、頭を思いきり打ちつけたみたいだ……。表面は痛くないけれど、脳がくらくらする……。そうだ、ナズナは大丈夫だろうか。
「……ミカン! 早く行くぞ!」
馬鹿! そんな大声出したらまた……!
そう思うと同時、またもやヤナギはスイレン君の攻撃をかわしてナズナに近づき、蹴りを入れる。小さな体はまたしても遠方まで飛ばされ、今度は柵に叩きつけられた。
「ナズナ!!」
冗談じゃない! ナズナは普通の人間なんだぞ! あんな蹴りをもらって大丈夫なわけがない! 助けなくちゃ……!
「館山ぁあ!!」
「うわ!」
よそ見をした隙に襲いかかってくるヤナギの拳を間一髪で受ける。くそ……かなり重いパンチだ。それに、意識的には反応できないほどの速さ。
「素早い反応じゃねぇか。我が弟よりも優秀だぜ?」
「ミカンに手を出すな!!」
ヤナギを追ってすぐさま飛んできたスイレン君が、おそらく初めてのクリティカルヒット。ヤナギの頬を打ち抜き、体勢を崩させた。
「ぐッ……」
「兄ちゃんよ。俺もそろそろ本気を出したいんだが……なかなかキレちまったもんでな」
「笑わせるな……。なら出してみろよ、本気とやらを」
スイレン君の目つきが、明らかに違う。今日学校で見たあの表情。本気でキレているときの表情。
スイレン君は両手の拳を合わせ、呪文のようなものを唱え始めた。すると手首からかぎ爪の形に光が現れ、形を成していく。
「……面白い力を持ってるじゃねぇか」
「高圧な電流が流れている。リーチも大分増加するだろうから、避けられないぜ」
まるで漫画の世界のような光輝く武器。空気を伝わってこっちまで痺れてくる気さえする。
「まずは当ててみろってんだ!!」
ヤナギのキックがスイレン君の頭部を狙う。空を切ったその足の上に、スイレン君が飛び乗る。その距離なら充分、あのかぎ爪を当てられる!!
「ぐッ……!!」
かぎ爪に警戒したヤナギの顎に、スイレン君の蹴りが入る。完全なクリティカルだ。アレは効いたはず。今のうちにナズナを助けよう!
そう思って走り出すが、すぐにヤナギに回り込まれる。またパンチをもらい、遊具に叩きつけられる。
「お前らは全員殺す! 1人も逃がさねぇぞ!!」
動きが……速い! 決して遅くないスイレン君の攻撃をかわしつつ僕の邪魔ができるなんて、どんな体してるんだよ!
「くっそお!」
「よっと」
背後からのスイレン君の攻撃も軽くかわしている。あのかぎ爪を直撃させないと、動きは封じられないか……?
「……おいスイレン」
「……?」
「俺を倒してどうする気だ? 殺すのか?」
「ミカンを守った後、父さんから起爆スイッチを奪ってぶっ壊す」
「そんなことできると思っているのか? アイツはお前も平気で殺すと思うぞ。悪に染まった研究者だけに、兵器はたくさん持っているみたいだからな」
「……それでも、ミカンも兄ちゃんも殺させない!」
「馬鹿か。無駄死にするぞ!! 自分の命だけ可愛がってればいいだろう!!」
……とにかく、ナズナのそばに。本当に死んじゃうかもしれないよ……。
「スイレン、生まれた環境を認めろよ。俺はもう館山ミカンを殺すことしか生きる道がないんだ。それだけ教えられて生きてきた俺の立場にもなってみろよ。俺が生きるってことは、他人を殺すってことなんだ」
「……俺が力ずくで否定する!」
二人の攻防が激しさを増す。手数が多いのはスイレン君だけど、現状明らかにヤナギが優勢なのは僕から見ても一目瞭然。……僕がもっと戦えれば! もっと強ければ!
「喰らえ!!」
「くっそ!」
ヤナギが体勢を崩した! 今なら叩きこめる!
「ボルト……クロー!!」
電気の爪がヤナギの頬を叩き、続いて拳が入る。打撃の前に高圧電流を食らったおかげか、破壊力抜群のパンチが会心の一撃となった。地面に叩きつけられたヤナギが呻く。肉弾戦においてはスイレン君に分があったんだろう。
接近戦においてあの力は強い。一撃の威力ならヤナギに劣らないパンチが、ノーガードに叩きこまれるんだからたまったもんじゃないはずだ。……と、今のうちにナズナを!
数メートル先に倒れこんだナズナに駆け寄り、意識の有無を確かめる。
「ナズナ! 生きてるよね!?」
「……あぁ……骨は折られたと思うが」
かなり意識も朦朧としている。これ以上のダメージは命に関わるかもしれない。早く病院に運ばなくちゃ!
「……奴は倒したのか?」
「多分! スイレン君がさっき!」
「……まだ油断するでない! 忘れたのか……あいつにはまだ強力な武器があるのだぞ……」
――レーザーか! そうだ、ヤナギはまだあの光線を放っていない!
振り返るとヤナギがじりじりと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべていた。
「……スイレンよ……本気でお前を殺すぞ」
「俺は誰も殺さないけどな」
ヤナギが素早く右手をかざすと、スイレン君が銃で撃たれたかのようによろめく。一瞬見えた赤い光と、立ち上がる煙。足を撃たれたのか……?
「科学レーザーってのは昔から使われてたが、俺の右手から出る奴はとんでもない威力があるんだぜ。当たり所悪けりゃ即死だ」
「くっ……」
「……できるならお前は殺したくなかったんだがな、スイレン」
「俺は死なない!」
レーザーの軌道は目に追える速度ではなく、かろうじて撃たれたことが確認できる程度のもの。僕の目が一瞬の光を捉えた後、スイレン君は撃たれて倒れこんだ。