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〜10.

 自分が生まれた環境を憎むことなんてできない。サイボーグになってしまった僕でも、お父さんは愛情を持って育ててくれたんだから。命を狙われていることは怖い。でも、戦う理由は見つけたし、戦わなくちゃいけないことも理解できた。

 ナズナがわざわざ遠くからこの家までやってきたこと、お父さんが突然アメリカに行ったこと、もう僕の周りは僕の為に動いているんだ。他の誰でもない僕が戦う。ナズナのお父さんの仇をとれるのは、僕しかいない。


「ほら、朝食だ」


 ナズナがそう言ってテーブルに置いた皿には、とても人間の胃に入るとは思えない謎の物体が乗せられていた。


「……ちょっと献立を説明してもらえる?」

「イワシとバナナと納豆の牛乳和えと、鮭コーンフレークだ」

「食えるかよこんなの!! どういう考えでこんなもん作ったの!?」

「脳の活性化を促すイワシと、素早くエネルギーになるバナナと、朝食に欠かせない納豆をこれまた朝食の定番の牛乳で和えてみた」

「全部混ぜる必要なかったでしょうが! ……で、鮭コーンフレークは?」

「……鮭フレークとコーンフレークで何か繋がりが見えた」

「くだらない理由で食べ物を粗末にしないで!!」

「貴様が食べれば粗末にはならんのだがな」

「ていうかこれ組み合わせなければまともな食事なんですけど」


 天才の考えることは凡人に理解できないというけど、これは理解できないほうがいいと思う。ていうかこの人は本当にとんでもないIQの持ち主なのか? 疑うのが当然な朝食の献立なんだけど。


「ナズナ、悪いけど次から料理しないで」

「悪いな。気を遣わせた」

「自分の身を案じただけだよ」


 昨日の昼食での前科をしっかりと裁いておくべきだった。ナズナは昨日の昼も訳のわからない料理を作ろうとしていた。まぁ結果焦げてしまったから食べずに済んだんだけど、あれを真剣に受け止めていれば今日の朝食をナズナに任せることはなかっただろう。


「それにしても、昨日は残念だったな」

「ん?」

「ラーメンチャーハン」

「そんな料理自体が残念だよ!」

「何? ラーメン屋でよくセットにされる二つのものを一つにしようとしただけだ」

「だからなんで混ぜるんだよ!!」


 結局ナズナの迷作料理は即生ゴミとなり、食パンとジャムで朝食をとって家を出た。



 誰かと一緒に登校していたは小学校の時までだった。中学から友達が徐々に消えていった僕にとって、高校生になってからこうして女の子と一緒に登校するなんてことは現実として捉えるのに一苦労する。まぁナズナは偽高校生だけどさ。

 帰りはあれだけ早く走って帰るんだけど、行く時は足も心も重い。というか心が重いから足が重いんだよね。でも、今日に限っては少し足が軽い。昨日決意が固まったことと、これから友達になれそうな人が学校にいることが影響しているんだと思う。

 武内スイレン君。裏の事情があってやってきたナズナと同じ日に転入してくるという何やら複雑な事情のありそうな彼。ナズナはスイレン君が怪しいなんて言うけど、実際に接している僕からすれば怪しいどころかかなりいい友達になれそうな気がする。


「どうした? アホ面からよだれが垂れているぞ」

「いや垂れてないし!」

「失礼。よだれが垂れてもおかしくないようなアホ面になっているぞ」

「それも失礼だと思わない?」


 出会ってから3日程でナズナの性格は大体把握できてきたけど、頭脳や能力についてはまだ底が見えない。小さいくせに格闘技の腕がすごいかと思えば料理の腕は世界遺産破壊級だし、とてつもなく頭がいいと聞いているのに見るのはボケばかりだし。一体どこまでが計算なんだろう。


「武内スイレンのことだが」

「ん?」

「何か怪しい気配を感じたら教えてくれ」

「わかったよ」


 怪しい気配って……。禍々しいオーラでも肉眼で捕らえられればわかるかもしれないけど。

 そんな会話の直後。噂をすればなんとやらという先人の伝えを華麗にディフェンスするように彼はやってきた。


「おっす! って何、付き合ってんの2人?」

「ふざけるな。末代までもありえん」

「はは……おはよう……」


 ものすごい否定のし方をされたわけだけど、凹んでもいいのだろうか。

 それより気になったのはスイレン君の持っているバスケットボール。彼はバスケ部にでも入りたいのだろうか。


「スイレン君、バスケ部に入るの?」

「おう! バスケ一筋9年生! サッカーもやってるけどな!」

「一筋じゃないじゃん!」

「まぁ楽しけりゃいいんだよ。えっと、この女は……」

「青木ナズナだ。一応クラスメイトなのだが」

「ああ、そうだ俺と同じ転校生! 忘れてたわ」


 朝から明るいなぁ。

 3人になってから口数の減ったナズナとバスケットボールをつきながら歩くスイレン君と共に学校に到着。ていうかナズナが警戒し過ぎて空気悪いんだけど……。




「ミカン! シャーペンのふたのとこの消しゴム忘れた! 貸してくれ!」

「そんなとこピンポイントで貸せないよ!」

「じゃあ地理の教科書の67ページ貸して?」

「どうやって忘れたの!?」

「あと数学の教科書の53ページも」

「僕の教科書を大事にしてください!」



 ちょっとおかしなところはあるけれど、面白くて嫌味っ気のない雰囲気がいいんだよなぁ。この人はデフォルトで人懐っこいのだろうか? そうだとしても学校で話相手ができてよかったよ。パシリに使われる以外に会話なんてなかったんだから。


「ミカン、大変だ」

「どうしたの?」

「弁当箱持ってきたんだけど中身忘れた……」

「どういう経緯で!?」


 どう考えても昨日の弁当箱を鞄に入れっぱなしだったとしか思えない。

 今日は僕も購買かコンビニで済ませる予定だったので、そんなうっかり者のスイレン君と一緒にお昼を買いに行くことになった。と、こんなスムーズに行けば何よりなんだけど……。


「おい館山。パシリをサボってまでどこ行く気だ?」

「あ、いやサボろうと思ってたわけじゃなくて……」


 やっかいなクラスのヤンキー。僕と同じひとりぼっちのくせになんでこんなに偉そうなんだろう。なんて文句のひとつでも言えればいいんだけど、喧嘩は嫌だし怖いからね。先のことを考えると大人しくしておくのが……。


「おい。ミカンいじめんなよ」

「……あぁ?」


 大人しく、はしてないね、この子。あくまで僕の主観に過ぎないけど……これは多分喧嘩を売っているというものだ。さっきまで高揚していたテンションを一気に下降させ、声のトーンもオクターブは下がっただろう。


「てめぇの飯はてめぇで買ってこい。嫌なら何も食うな」

「何調子こいてんだお前。ぶっ殺すぞ?」

「俺は弱い者いじめが嫌いだ。ミカンいじめるなら俺が相手してやるよ」

「はぁ? 馬鹿じゃねぇの。おい館山さっさと買って来いよ!」


 なんだかまずい状況になってる、と思う。いやこれはやばいな。ここで喧嘩なんか始めちゃって誰かに見られでもしたら……。


「スイレン君、大丈夫だから。ほら、喧嘩すると停学になっちゃうしさ……」

「だからってコイツのいいなりになる必要はない!」

「今日はどうせコンビニ行くんだしさ、ついでに買えばいいよ……」

「……ミカンはそれでいいのか?」

「いいよ! 全然いい!」


 ――唯一の話相手が停学になっちゃうより何倍もマシだよ。


「……しょうがねぇなぁ! おいヤンキー! 今日のところは見逃してやる!」

「ちっ、始めからそうしろや」

「あ、スイレン君急ごう! 弁当売り切れちゃう!」


 危機回避。まぁこんなもの危機でもなんでもないとは思うんだけどね。そもそも命狙われてるわけだし。

 ヤンキーに背を向けて歩き出しながら一息ついたのも束の間。面倒なもめ事をあしらうことに成功したと思ったのだが、背後から聞こえた小さな呟きが引き金を引くことになってしまった。


「てめぇ!! 今なんて言った!?」


 転校生が、キレた。


「カスのダチは所詮カスだって言ったんだよ!」

「ミカンのどこがカスなんだよ馬鹿かてめぇ!!」


 ヤンキーの胸倉を掴み怒声を散らすスイレン君。誰も見ていなければまだいいのだが、生憎周りには人がたくさんいる。こんな状況で喧嘩なんか始めたら……。


「ぶっ殺すぞ転校生!」

「やれるもんならやってみろよ!!」


 どちらも拳を握り締めて震わせている。まずい。 数秒後には手が出る! 止めなくちゃ!!

 3、4メートルほど先で揉み合う二人に駆け寄ろうとしたのだが、時既に遅し。高く掲げられた拳が、綺麗とは言い難い廊下に鈍い音を響かせた。





「で、理由はそれだけか」

「あ、ああ……」

「……ナズナ、ちょっとやりすぎなんじゃない?」

「校内の風紀を乱す者は私が許さん」


 なんで風紀委員を気取っているのかもわからないし、何故こうして偉そうなナズナの前に僕とスイレン君の2人が正座させられているのかもわからない。

 殴り合いの喧嘩一歩手前のところで二人の間に割って入ったのはこの某天才少女。ヤンキーとスイレン君にそれぞれ一発ずつパンチをかまして大戦を終結させたのだが、その後こうして昼食も済んでいない僕たちに説教を垂れている。


「……で、何で僕まで殴られたの?」

「ストレスが溜まってたから」

「全選択肢中最悪の回答じゃん!」


 遺伝子による肉体改造が頭部にも及んでいることがわかった。頭に筋肉はついていないはずなのだが、痛みもコブもできていない。なかなか便利な石頭だね。まぁ隣の彼は涙目でコブを腫らしているけれど……。


「我慢できないときってこう、プッツンといっちゃうんだよ俺」

「それはまだまだガキだということだ。自覚しろ」

「すいません……。友達のこととなると我慢できなくて、俺が俺でなくなっちゃうというか……もう1人の俺が現れるというか……」

「そんなものは言い訳に過ぎん。結局暴れるのはお前なのだから、友達がどうだのは関係ないことだ。人のせいにするな」


 ナズナの正論にシュンとしてしまうスイレン君が可哀相だけど、僕は今何よりも嬉しい言葉を聞くことができた。

 『友達』。僕のことをはっきりとそう言ってくれる人に、16年かけてやっと出会えた。僕が内気なのもこれまで友達ができなかった原因のひとつだけど、そんな僕でも友達と言ってくれる人がここにいた。これで喜ばなずに何で喜べばいい。

 これから先の高校生活、少しは楽しくなりそうな気がしてきた。本当に。


「……ナズナ、お腹空いたからそろそろ買いに行ってもいい?」

「問題ない。お前に弁当を作ってきた」

「……中身は?」

「杏仁豆腐風炊き込みご飯とプリンもんじゃ」


 貧しい国の方々申し訳ございません。食べ物を無駄にしてはいけないということはわかっているのですが、僕には到底食えないです。

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