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〜1.

※この物語はフィクションです。物語に登場する人物、団体名、他の固有名詞などは全て架空のものです。

 今日の歴史の授業で教わったのは150年程前の日本のこと。詳しく授業で聞いたのは今日が初めてだけど、前々からある程度のことは聞いたことがあった。日常生活とロボットがかけ離れていただなんて、今でも信じられないけどね。


 西暦2200年の日本。今やロボット開発において世界最先端の技術を手に入れた日本は、学校には掃除ロボットや採点ロボットが利用され、街のあらゆるところにパトロールロボットが見える。僕が物心ついたときからその光景が当たり前なわけで、ロボットのいない日本なんてどうやって成り立っていたのかと不思議に思う。まぁ過去の人から言わせれば、ロボットなんてどうやって汎用化したんだ、という疑問があるのだろうけど。


 技術の進化や定理の発見、法律の改正に思考の変化。時が経てばそれだけ色々なものが変わっていくから、未来が過去に比べて進歩しているのはある意味当然のことか。

 でも、歴史の授業なんかを聞いていると昔と変わらないものも多い。ここ150年で日本が手に入れたものと言えば、少しばかり潤った経済力と、国や研究者ばかりが得られる技術だけ。漫画に出てくるような物理学や化学を超えた道具等は現れるはずもなく、僕らのような庶民の生活はあまり変わっていないのではないだろうか。


「おい館山。考え事中悪いんだけどよぉ、パン買ってこい」

「えぇ、また?」

「いつものことだろうが。ちゃっちゃと買ってこいよ。カレーパンとメロンパンな」

「……わかったよ」


 今日も昼休みの初めはパシリから始まるのか。一体いつからこうなってしまったのだろう。というか何で僕がそんなことをしなくちゃいけないんだろう。150年前の日本でもこんな感じだったのだろうか。そうだとしたら、長い間成長のない人類を少しばかり恨むね。

 ていうかいつも思うんだけど、カレーパンとメロンパンって何だよ。昼ごはんを食べたいのかおやつを食べたいのかハッキリしてほしいもんだ。それともあのヤンキーは、カレーパンとメロンパンで昼食を済ますことができるという少しおかしな味覚を持ち合わせているのだろうか? いやでもそういう人も少なくはないか……。


「らっしゃいやせぇえ」


 学校から徒歩1分の場所にコンビニがあるなんて、誰かが使いっぱしりにされることを先読みしたような配置だな。遠くなったらなったでまた大変だけどね。まぁ自腹でないだけまだマシか。それにしても僕たち一般人が個人でロボットの技術を手に入れられるようになるまであとどれくらいの時間がかかるんだろう。せめて移動手段くらいはどうにかして欲しいものだ。

 えっと、メロンパンとカレーパン……。あったあった。売り切れてたら別のとこ行かなきゃいけないからね。


「ありやしたぁあ」


 コンビニの店員の挨拶はどうしてあそこまで適当なんだろう。マニュアル通りに挨拶するのがデフォルトなはずだけど、もはやどこのコンビニに行ってもあの挨拶だもんな。これは昔と変わった点なのだろうか?

 どうせならコンビニの店員もロボットにしちゃえばいいのに。人件費とロボットのメンテナンス料なら前者のほうが出費が多いだろう。……ロボットを買うお金の問題か。国から支給されるものならタダ同然だけど、個人で購入するには少し躊躇う金額だ。昔は技術の天井が遠かった分みるみるうちに大きな進歩をしたものだが、天井間際になるともう上げることが難しい。向上はここいらでひとまず落ち着いて、誰でも自由にロボットを操れる時代を築き上げることを優先して欲しいものだね。


「へへ。明日も頼むぜパシリ君よ」

「……」

「何その不満そうな顔。僕には『館山ミカン』って名前がありますよぉ、ってか?」

「いや別にそういうわけじゃあ……」

「じゃあさっさとどっか行けよ! 邪魔なんだよ!」


 なんだよ。そんなこと言うなら初めから学校来るときに買ってくればいいのに。なんてたてつくこともできない僕は筋金入りの弱虫なわけで。

 はぁ……。今日も早く学校終わってくれないかなぁ。帰ったらまったりとゲームでもして、お菓子でも食べて、お風呂入って夕飯食べて。それだけだもんなぁ、今の幸せなんて。まぁでも高校さえ卒業しちゃえばこんな生活ともおさらばでしょ。……まだ高校入ったばかりだけど。

 午後の授業は眠気と闘っているうちに終わり、何を学んだかと聞かれたら『睡魔との闘い方』としか答えられないけど……まぁいい。さぁ! 帰ってゲームするぞ!

 学校を出てから走って5分! いやぁこの距離は助かるね! ホームルーム後10分ほどで嗜好の時間にありつけるなんて、ここに家を建てたお父さんに感謝しなくちゃ。

 

「ただいまぁ!」


 って誰もいないか。宿題は……後でいい! この間買ったRPGを今日で全クリして、ネトゲ仲間に報告しなくちゃ!

 下校するときから気分が高揚して、階段をリズミカルに駆け登る。部屋に入ってハードの電源を入れたとき、僕のテンションは最高潮に達するんだ。

 あと1メートル! 今日もその至高の瞬間を味わうときがやってきたのだ!


「うるさいぞ。家の中では静かにしてくれないか」

「……あ、すみません……」

「まぁいい。許す」


 ……いや、誰?

 僕は間違いなく自分の家の玄関を通って、自分の家の階段を上がって、自分の部屋のドアを開けたはずだ。どうしてこんなところに女の子が? しかも偉そう。


「あ、あのぉ……帰る家、間違えてませんか?」

「ん? ここは『館山キクオ』が所有する敷地に建てられた一戸建ての二階にある『館山ミカン』の部屋だと思うが、違うか?」

「い、いえ……全くもってその通りです……」

「そうか。ならいい」


 ……いや、よくない。承知しているなら尚更よくない。


「えっと……なんなのキミ?」

「私か? 私は青木ナズナだ」

「そ、そうですか……」


 ……いやだから名前とかじゃないでしょ!

 他人の家に勝手に上がり込んでいいって教わった子なの? そういう家庭環境で育った子なの? ていうか普通にお茶飲んでるし……。それどう見てもこの家の冷蔵庫の中で冷やされてる麦茶ですよね?


「おいしい」

「『おいしい』じゃないですよ!」

「……美味」

「言い方の問題でもない!」


 何なんだこの女の子は……。見たところ年下か同い年くらいのようだけど、地元がこの辺りなら中学校や小学校で一緒だったはず。私立校に通っていなければの話だけど。


「さっきから慌てているようだが、貴様、父親から何も聞いていないのか?」

「は、はい」

「そうか。それではキクオ殿の帰りを待つとしよう」


 さりげなく貴様呼ばわりされたことに傷ついてもいいのだろうか。ていうかお父さんとなんか関係あるんだ、この子。

 ほっといてゲームするわけにもいかないよなぁ……。どうしよう。


「どうした? 顔色が悪いぞ」

「べ、別に……」


 前髪の長いショートカットの髪が似合う丸い輪郭に大きな瞳。柔らかそうな唇が放つ目に見えない光線、これが色気ってやつですか。肌が綺麗、顔小さい、細い。決して童顔ではないのに幼く見えるのは全体のサイズの小ささのせいか。それにしても……。


「顔が赤いぞ。熱でもあるのか」

「な、ないですよ!」

「そうか。ならいい」


 か、可愛い! 何この子! こんなんじゃなくてもう少し常識的な出会いをしていればよかったと初対面時から10分たたずに思ってしまうのは別におかしいことではない、はず。

 いや、ていうかあなたが僕のベッドに座っていると座る位置に困ってしまうんですが。自分の部屋なのに。


「何をさっきからそわそわしておるのだ。男のくせに気色悪いぞ」

「あなたがいるからでしょうが!」

「うるさい。人前で声を荒げるとは礼儀がなっていないぞ」

「人の家に勝手に上がり込んでくる人に礼儀を説かれたくないですよ!」


 でもどうしようもないよなぁ。帰ってくれなんて言いづらいし、お父さんが何か知っているみたいだし。仕方がない。泥棒とか殺人犯とかじゃなさそうだから、お父さんが帰ってくるまで待つか。

 今日の数学の宿題の量は非常に少ない。中学校の延長ともとれる計算問題を解いてノートにまとめるだけ。この程度の問題、20分もあれば全問できてしまうはずなのだけど……。

 恥ずかしい話、僕の数学の成績は残念としか言いようがない。数学だけではなく、国語も、英語も、理科も、社会も、美術も、音楽も、体育も。つまるところ全教科においてその頭の悪さとセンスのなさをさらけ出しているのだ。授業の出席点さえあれば進級が許される学校という噂だから、特に卒業について心配する必要はないのだろうけど、あまりにも格好悪い。


「ほう、数学か。これは因数分解という奴だな」

「そ、そうみたいですね……」

「まさか貴様、こんな問題も解けないのか?」

「ちょ、勝手に見ないでください!」

「勝手に家に上がったのを認めたのだから今更細かいことを気にするな」

「別に認めてません!」

「ここがこうで、これがこうだ。そしてこの公式を当てはめてみるがいい」

「え? これがこうで……?」


 何で僕は知らない人に勉強を教えてもらっているのだろう。まぁでも、どうせいつもお父さんに教えてもらってるし、別にいっか。って納得しちゃ駄目だ! 可愛いからってまだ油断はできない。もしかしたらとんだ化け物かもしれない……。


「この程度の問題、小学生の頃に学んだぞ」

「……化け物ですね」

「仕方がない。教えてやるからしっかりと聞いておくんだな」

「え……?」

「何か文句でもあるのか?」

「あります!」

「わかった。それで次の問題は……」


 そんなこんなで机に縛られ、凡人以下の脳味噌を持つ僕にその美少女は微笑を浮かべながら公式を叩きこんだ。馬鹿にされた感じが心に微傷を与えたが、僕の学力は微少ながらも向上したはず。


「終わったぁ!」

「理解するのに2時間もかかるとは……」

「理解することにこだわらなければもっと早く終わってたさ」

「理解しなければ学力は身につかないだろう?」

「別にいいじゃないか。宿題ごとき」

「よくない。大体貴様は授業を受けているのか?」


 都合の悪い質問の答えに困惑する僕を助けるかのように絶妙なタイミングで玄関から物音がした。どうやらお父さんが帰って来たようだ。


「ミカン、すぐ夕飯にするぞぉ」

「今行く!」

「キクオ殿のお帰りだな」

「やっと事情がわかるわけだ」


 今日初めて会ったはずの少女と共に家の階段を下りるというのはおかしな気分だ。ていうか初対面が自分の部屋で、自分より先にくつろいでるってどういうことだよ。そもそも本当にお父さんの知り合いなのか?


「おかえりなさぁい……」

「おぉミカン。今日は寿司を買ってき……ってお前彼女できたのか!?」


 この状況を見た父親ならごく当たり前の発想だろう。だがしかし、彼女どころか気色悪いとか言われる立場の僕なんです。ごめんなさい、お父さん。


「彼女でなくて申し訳ない。私を覚えているだろうか、キクオ殿」

「……まさか……ナズナちゃん?」

「以前は父が世話になった。感謝している」

「やっぱりナズナちゃんか! 大きくなったなぁ!」


 ……何これ? 息子を差し置いて感動の再会とかあまり好ましくない展開なんですけど。





「……と、まぁそういうわけだ」


 買ってきた寿司を頬張りながら事情を説明されてもあまりピンと来ない。ていうか何でこの子まで一緒になって夕飯食べてるの?


「私の父の元部下、それが貴様の父親だ。ここまではわかるな?」

「は、はい……」

「ナズナちゃんのお父さんには昔かなりお世話になったんだ。ミカンが小さい時に会ったこともあるはずだけど、さすがに覚えてないよなぁ」

「絶対会ったことないよ!」

「いやでもあの頃のミカンはナズナちゃんを慕ってたぞ。お姉ちゃん、お姉ちゃんてな」

「……お姉ちゃん?」

「あぁ。3つも年上だからな」

「えぇ!?」


 なんと。この身長160センチの僕より10センチ以上も小さいであろうこの子が……僕より年上だと? 何かの間違いじゃないか?


「なんだ? 体は小さくても年上なりの能力は持ち合わせていると思うが」

「そうだぞ。ナズナちゃんの能力ははっきり言って人間の領域を超えている……」


 人間の領域を超えるって、それ人間じゃないじゃん……。


「人間の領域を超えるって、例えば?」

「彼女は4歳のときには既に3ヶ国語話せた」

「……」

「俺が知っているのは彼女が6歳のときまでだが、その時のIQは150を超えていたし、運動神経も超高校級だった」

「……6歳……」

「何もおかしいことではない。ただ生まれた時にそういう力を与えられただけだ」

「見ろ。彼女にとってはそれが当たり前なんだぞ。ミカンも見習って!」

「お父さん……少しは肩持ってよ」


 帰ってきたら部屋にいた年上の彼女は、少し遠い県に住む神童だった。人の父親の前で息子を貴様呼ばわり、夕飯乱入、38歳の大人にタメ口。なるほど、人間の領域を超えている。


「さて、キクオ殿に一つ聞きたいことがある」

「うん? なんだい?」

「ミカンにはどこまで話したのだ?」

「……」


 どこまで? なんだこの子。まだ自分の武勇伝をお父さんに語らせる気か?


「何も話していないようだな。まぁ無理もないが」

「……どうしてそんなことを急に?」

「話さなければならない日が来た。私がここにいる理由はそれだ」

「ねぇ、なんの話をしてるの? 話さなくちゃいけないって何?」

「……」


 久々に見た。お父さんの暗い顔。何? 僕に何を隠しているの?


「ミカン。これから話すことは貴様の人生に大きな影響を与える。いや、話さなければ更に大きく狂ってしまうだろう。覚悟して聞け」

「ちょっとナズナちゃん! あまりに急過ぎる! この子にはまだ早い!」

「まだ等と言っている時間はもうないのだ!」


 2人が揉めている間に色々と考えてみたさ。写真でしか見たことのない母親のこと、父親1人の稼ぎで家が買えたという謎、幼い頃の思い出のなさ。今まで深く考えなかったことが、この短い間の中で流れるように脳を巡る。

 小さい時、本ばかり読んでいた。小さい時から、1人で留守番してた。そういえばお父さんに叱られた記憶ってないな。冗談ばっかり言ってるお父さんが、ずっと隠していたことってなんなんだよ。


「人間の領域を超えるとは、よく言ったものだな」

「だから一体何を隠しているんだよ!」

「真に人間の領域を超えた力を持つのは貴様のほうだ」

「……え?」

「ナズナちゃん! 待ってくれ!」

「私の父が死んだ」

「……青木先生が死んだ……?」

「ちょっと2人とも! 何を話してるのか全然わからないよ!」

「館山ミカン! 貴様は人の手でその体を改造されたサイボーグだ!」


 女の子がこの言葉を発するのを必死に阻止しようとしていたお父さん。それを沈めた一言の後に聞こえた言葉は、あまりにも信じがたいもの。ウソでしょ? サイボーグって……。僕はこんなにも人間らしい人間じゃないか……。


「……」


 うつむくお父さん。普段の若々しさを感じないのは、この子の言っていることが真実だから? そんなはずはない。そもそもサイボーグってなんだよ。映画や漫画で見る、あのサイボーグ……?


「貴様の力は人間を圧倒的に凌駕する。そう、最強のサイボーグなのだ」


 ……違う、絶対に違う! 弱虫で駄目人間な僕は、サイボーグなんかじゃない!

 精一杯その言葉を否定しているはずなのに、上手く言葉が出ない。信じられないような言葉が僕を動揺させるのは、目の前にいるたった1人の肉親の暗い表情のせい。

 何なんだよ、サイボーグって。


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