Road. 5
「お主らの相手は我だけで十分じゃ。1人だからと遠慮するでないぞ?」
ゲルデの挑発を受け、先に仕掛けたのは傭兵達の方だった。
「魔族? 何のつもりかは知らねぇが、たった1人で、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
2人同時に剣で斬り掛かってきた。対するゲルデは、その場から一歩も動かずにいる。
「今更ビビッても遅ぇんだよ!」
その行為を恐れ故と思ったのか、傭兵の1人はそんな風に笑い飛ばす。しかし、その笑みが続いたのは、ほんの一瞬に過ぎない。彼らの剣は、ゲルデの両腕に受け止められていた。
傭兵達が驚愕していたのは、ゲルデの細い腕に傷一つ付けられなかったから───ではない。剣を防いだその両腕が、鱗で覆われて鎧のようになっていたからだった。
「モード・リザードマン。そんなナマクラでは、我に傷を付けることなど出来やせんぞ?」
姿の変化は両腕だけでなかった。頬に生えた小さな鱗が野性的な印象を醸し出し、緩いカーブを描く角も、今は後ろに向けて真っ直ぐに伸びている。更に、腰の辺りからは太い尻尾が姿を見せていた。
そして、姿を変えたゲルデは目の前の2人を軽々と殴り飛ばす。傭兵達の鎧には拳の跡がクッキリと残っていた。
「剣で無理ならコイツでどうだ!」
傭兵の1人が大きな斧を持ち出してきた。ゲルデを鱗の防御の上から砕こうという魂胆だろうか。
「潰れちまえぇ!」
ゲルデに向けて傭兵の斧が振り下ろされる。重厚な刃が地面に到達し、轟音と共に土煙を巻き上げた。
「……そう簡単にいくとでも思ったか? 遅過ぎて欠伸が出てもうた」
その傭兵は背後から声を掛けられ、振り向こうとしたときには、既に首に爪を突き立てられた後だった。
「モード・ワーウルフ」
ゲルデの四肢は青灰色の毛皮で覆われたようになり、頭には角の代わりとして三角形に尖った獣耳が乗っていた。尻尾も、フサフサとした獣のものに変わっている。
「まあ、この姿の速さに付いてこいというのが無理な話かもしれんがの」
自身のスピードを自慢しながら、ゲルデは傭兵達を蹴散らしていった。爪撃と蹴りを中心にした華麗な体術は、戦闘中でありながらも見る者を魅了した。
「くそっ! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
次々と仲間が力尽きていくのを目の当たりにし、傭兵の頭らしき男が苛立ち混じりにそう吠えた。
「お前ら、手ぇ抜いてるんじゃねぇだろうな!」
残り僅かな傭兵達が、必死になってゲルデを狙う。だが、傭兵達の武器は尽く空を切った。それだけでなく、いつの間にかゲルデの姿も消えていた。
「なっ!? いったいドコに行きやがった!」
「……へぇ。そんなことも出来んのか」
最初に気付いたのは、やはりユートだった。そして、頭上に影が差したことにより、遅れて全員がそ《・》れ《・》を目にすることになった。
「飛んでやがる……」
「モード・ハルピュイア。そろそろオシマイかのう」
誰に言うともなくゲルデはそう呟く。その両腕は鳥の翼そのものになり、足も鳥と同じもの、尻尾は尾羽の形に再び変化していた。
そして、彼女は無造作に翼を羽ばたかせ、巻き起こした突風で傭兵達を軽々と吹き飛ばした。
「ふむ、これに耐えるヤツもおるのか」
辛うじて風に耐えていた傭兵の頭。彼が体勢を立て直す一瞬の間に、ゲルデは急降下して足で彼の顔面を掴み、かぎ爪で押さえ、その勢いのまま地面に叩き付けた。
「ふう、少々はしゃぎ過ぎたが……うむ、物足りん。ユート、後で手合わせでもどうじゃ?」
「面白そうだけど、それはもう少し落ち着いてからかな」
自分の理解を超えた戦闘を見て、更に平然としている2人を見て、アインは改めて勇者という存在の規格外さを味わうのであった。