Road. 3
「さて。それなりに時間は経ったわけだが……」
「……そうじゃのう」
「………………」
「………………」
「……来ないな」
「……来ないのう」
土地柄ゆえに当たり前だが、追手どころか一人の人間すら現れていなかった。この間に、休んだことで回復した魔力によって、傷の治療も済んでいる。
「ずっとここに居るわけにも行かんじゃろう?」
「それは……まあ、確かにな」
追手が掛かるリスクを考えてこの洞窟で生活する。不可能ではないが、ユートもゲルデも、その手段を取ろうとは思わなかった。
「逃げるとしたら魔族領よりは人間領の方だな。少なくとも、しばらくは定住なんか出来ないし、移動し続けるんなら地形的にも環境的にも人間領が向いている」
「うむ。それに今の魔族領がどうなっておるか、正直想像も付かん。入った途端に捕縛……なんてこともあり得るからな」
あくまでも『強い一個人』であったユートとは違い、ゲルデの場合は『国のトップが交代した』という状況だった。現状の予想が付かないのは間違いなく魔族領側である。
「準備……するものなんて無いか」
「いや、1つやっておかなければならんことがある」
急に真剣な表情になるゲルデを見て、ユートが姿勢を正した瞬間。
━━━キュルルル
何かが鳴いたような音がした。音の出所を気にしてユートが辺りを見回していると、顔を赤くしたゲルデと目が合った。
「……すまん。そういうことじゃ」
深刻そうな切り出し方の割には随分と気の抜けるオチだった。とはいえ、ユートも確かに空腹は感じている。
「まあ、今後どうなるか分からないからな。周りは森だし、野草なり動物なり、何かしらの食材はあるだろう」
◇◇◇
「意外と集まったな」
「うむ。この森は実りが豊富じゃのう」
果物やナッツ類なんかが採れれば良い程度に考えていた2人だったが、近くに川があることが幸いし、その他にも魚や野生のハーブまで手に入れることが出来ていた。
「俺がやろう。あんまり手の込んだことは出来ないけど、参考までにリクエストは?」
「いや、お主に任せよう。贅沢なことは言ってられんからの。フフッ、勇者の腕前、見せてもらおうぞ」
森で獲れた品々に、ユートが常備している塩などの調味料、皿代わりの大きな葉と、食材以外にも色々と並べられていく。
「必要なものは揃ったか」
ユートがナイフと川魚を手に取り━━━
「……はっ?」
━━━次の瞬間には、二人前の焼き上がった魚が並んでいた。
「……手際が良い、という次元ではないな。種明かしは頼めるんか?」
「そうだな……いや、今更アンタと敵対することもないか。これが俺の、勇者としての固有スキルだ。宮廷魔術師は “因果の直結” がどーのこーの言ってたけど、要は物事の過程をスッ飛ばす力みたいな感じだな」
ゲーム内でアイテムを作るときと同じ、と説明できれば簡単だった。材料を揃えて開始ボタンを押す、使う技を選んで攻撃を決定する。ユートは自分の力に対して、そのような捉え方をしている。ただ、ゲルデにそれを伝えるには、前提となる知識が違い過ぎた。
「なるほど、難しい話ではあったが、随分と面白いものを見せてもらったんじゃな。これでは、我の力も見せないと不公平じゃ。今は魔力の無駄遣いは出来んが……まあ、楽しみにしとれ」
「魔王の技か。確かに興味あるな。機会が来るのを待つとするか」
「ああ。期待された以上、ガッカリさせぬと約束しよう。……それにしても、この香草焼き、絶品じゃのう」
ゲルデの口に合ったことを確認し、ユートも魚に手を伸ばした。