Road. 2
「さて……まずは自己紹介とでもいこうか。互いの名前ぐらいは知っていてもよかろう?」
会話の始まりは当然の礼儀の話だった。魔王、勇者と呼び合うのも悪くはないが。
「我は “トールゲルデ”。正確には『先代』魔王、ということになるかな。近しい者からはゲルデと呼ばれていた」
「俺は “反町勇人”。こっち風に言うなら“ユート=ソリマチ”か。勇者とばっかり呼ばれてたけど……うん、ユートでいい」
互いの名前を教え合って、本題に入る準備が終わった。
「一度、聞いてみたかったんじゃ。面白い報告を受けたことがあってな。それも1度や2度ではないぞ」
ユートの相槌を待って、ゲルデが話を続ける。
「“勇者を相手にすると、常に大敗するにも関わらず、やけに死者が少ない” とな。他にも、勇者が―――お主が追撃を妨害してたように見えただの、そうそう、占領された集落から逃げるところをお主が明らかに見て見ぬふりをしていた、なんて言った者も居ったな。他にも色々とあるようだし、偶然なんかでは無かろう? 何が目的だったんじゃ?」
「いや、特に目的とかは無かったな。ただ、なんていうか……その、あんまり人が死ぬのが見たくなかったってだけだ。敵味方に関係無くな」
その言葉を聞いて、ゲルデはまた笑い声を上げた。
「……笑うなよ。自分でも甘いって分かってるよ」
「フッ、フフッ、ハハハ……。いや、すまん。お主のような者が人間側にも居たとは思わなくてな」
その言葉に、ユートは少し違和感を覚えた。
「魔族にも甘いヤツが居たようなセリフだな。……まてよ? そう言えば、魔族の動きもどこか変だったな。防御の固いこっちの主要地に少数で何度も攻めてきたり、かと思えば戦略的に無意味な辺境へは大規模攻撃を仕掛けてきたり。あれらが意図的な行動だった……?」
ニヤついているゲルデを見て、ユートはその答えに思い至った。
「アンタが “魔族側の甘いヤツ” か?」
「その通り。不自然にならんようにして好戦派の勢力を削ぎ、人間と魔族どちらか、あるいは両方に致命的な損害が出る前に和平を結ぶ……はずだったんじゃがのう」
「“ルフティアン”だったか? ソイツが裏切り者か」
ゲルデの最初の言動からの推察。その正否は本人から確かめられた。
「好戦派の筆頭だった男じゃ。警戒はしていたつもりでおったんじゃがな。城も地位も奪われ、穏健派の皆も今どうなっておることか……」
魔族の中にもゲルデの同志がいたらしい。もっとも、向こうも頼りに出来る状況にはないだろうが。
「ま、我の経緯はこんなところじゃ。次はお主の番じゃの?」
「そうだな。……と言っても、そこまで面白い話は無いぞ。アンタも知ってるように、魔族への過度な攻撃を止めたり、互いの損害が大きくならないように手を回していたら、国とか宗教関係者とかに邪魔者扱いされた、ってだけの話だよ」
大筋ではゲルデと変わらぬ理由。互いの立場も地位も正反対だが、辿った道は同じだった。
「他に心当たりは……悪徳領主を嵌めて投獄したり、王に届くはずの賄賂を横取りして孤児院に寄付したりはやったっけかな。違法奴隷商も潰したけど……あれはまあ関係ないだろ? そうだ、商人ギルドの脱税を告発したときに文句付けてきた貴族が居たっけ。裏で何かしてたのかな?」
「……色々とやってるではないか」
呆れた顔を見せるゲルデを気にすることもなく、ユートは“余罪”の告白を続ける。語られた全ては、間違いなく国民にとっては歓迎すべき善行であり、且つ為政者にとっては許されざる蛮行であった。