悪魔召喚
「フゥ〜、悪魔とて六日間一睡もせず、仕事すると流石に堪えるなぁ。だがそれも次の奴で一旦は最後だ。ファイト! 私。」
私はそう言うと、自分の頬を二回パンパンと叩く。こうでもして襲い来る睡魔を退けないと、今すぐこの場に倒れ込んでしまいそうだ。それから私は胸ポケットのメモ帳を引っ張り出し最後の契約者の名前と住所を確認する。この二つを正確に覚えて、呪文を唱えないと召喚者のもとには転移できないのだ。それどころか最悪の場合、全身の部位がバイバイしてしまう。
一分後
「よし、覚えた。」
私は魔法陣の中央に立ち、召喚者の名前と住所を頭に浮かべつつ、呪文を唱える。
そして唱え終えるとパーンッという乾いた音とともに私は紫の霧に包まれる。
それから数十秒後
私の視界から紫色の霧が徐々に消え、周りがはっきりと見えてくる。内装が数十秒前とはすっかり変わったものとなった。転移は成功だ。ところで肝心の召喚者が見当たらない。
私はキョロキョロと室内を見渡す。
すると私より頭二つ分ほど低い位置の正面に、かなり小さめの人影があることに気づく。人間の男の子どもだ。もう一度私は辺りを見渡してみる、だが他の人間は見当たらない。つまり、どうやらこの子どもが今回の私の召喚者らしい。こんな小さな子どもが悪魔を召喚するようになるとは、人間の社会がここまで堕ちるとは予想もしなかった。正直、悪魔ながらにこの子どもが少し不憫に思う。
とは言え、たとえ子どもでも召喚者は召喚者だ。私は悪魔らしく不敵な笑みを浮かべ彼に話しかける。
「やあ、愚かにして矮小な人間よ。私を召喚したのはキサマか?」
「・・・」
しかし、少年は、全く返事をしようとしない。それどころか、目すら合わそうとしてくれない。初対面の異性、それも悪魔を前にかなり緊張しているようだ。まぁ、私のこの罪深き肉体は、初な子どもには少し刺激が強過ぎるだろうから、それも当然か。仕方ない、こちらがリードしてやろう。
「数ある悪魔の中からこの私を選ぶとは、キサマ、幼いながら少なくともセンスだけは良いようだな。
さて、本題に入ろう。キサマは何を求めて私を召喚したのだ? 金か? 女か? それとも、、、名声か?」
「・・・・・」
相変わらず少年はだんまりだ。その上、さっきより頭が斜めに傾きだしている。少年はどうも私の言っていることをイマイチ理解できていないようだ。
その時、私はなんとなくだが、こうなったワケがわかってしまった。これはあれだ、いわゆる肝試しというヤツだ。どうせこの少年はどっかの誰かに「これは本物の悪魔召喚の呪文だ!!」とか言われて試してみたくなったんだろう。
誰だよ?こんな子どもに本物の悪魔召喚の呪文教えた奴!召喚される方のことも少しは考えろよ!
まったく、今回最後の仕事がこれだなんて、とんだくたびれ損だ。私はもう少年を放って置いて地獄へ帰ろうと思い、少年に背を向けてドアの方へ歩いていく。地獄へ帰る時はいちいち最寄りの公園へ行き魔法陣を自分の手で書かないといけないのだ。
「チッ あ~、めんどくせ。」
私がそう呟き部屋のドアを開けようとノブに手を掛けた瞬間。
「ママーーーーーーーーーー!! 部屋に変な女の人がいるーーーーーーーーーーー!!」
今の今までずっとだんまりをきめていた少年が、まるで地獄の番犬の咆哮のような声で叫ぶ。私は急いで振り返り少年に掴みかかって口を閉じようとする。
「ま、待て、キサマ。呼び出したのはそっちだろうが。」
が、時既に遅し。ドタドタドタとドアの奥から人間が走ってくる足音がし、部屋の前で一瞬止まったかと思うとドタンッと乱暴にドアが開かれた。
「何者だい?! こんな時間に!!」
そう言って少年の母が部屋に入ってくる。手にはしっかりと野球用バットを持っており、顔もまるで人間の女とは思えないほどイカツイ。
「ママ〜、助けて〜。このお姉さんが僕をいじめる〜。」
「だからキサマが呼び出したんだろうが!!」
「うちの息子に手を出すとは、あんたなかなか良い度胸してるね。後悔させてやる。」
「いや、だからお宅のお子さんに召喚されたんですって。」
「問答無用。」
少年の母がバットを振り上げ突進してくる。私は少年から手を離し、間一髪で避けることの成功した。しかし私の代わりにバットの一撃を食らった勉強机は一瞬で見るも無残な姿になってしまった。こんなのを食らえば、例え悪魔の私でもただじゃ済まない。
とにかく全力でそれからも振り下ろされるバットを避けつつ部屋のドアに辿り着こうとする。
それから数十秒後
私は辛くもすべての攻撃を避け一進一退しつつもドアまでたどり着いた。
「ハァ〜、やっと助k、、、」
そしてやっと、ドアを潜ろうとした時、私は何か硬いものに正面からぶつかり後ろに転んでしまった。顔を上げるとそこには、、、
身長二メートルは優にありそうな、筋肉ムキムキの大男がドンッと立っているのだ。多分こっちは少年の父親だろう。こっちもまるでオーガのオスのようだ。
「この家の住民は、一体なんなんだよ。」
人を無駄に呼ぶだけ呼ぶバカ息子に、オーガのような両親。とんだモンスター一家だ。
考えている間にも後ろから母親のほうが迫ってきている。どうにか逃げ出す方法はないのか、部屋中を見渡す。
「あった!!」
部屋の横側に窓がある、その窓を突き破れば外に出られる。私は立ち上がりありったけの力で窓に飛び込んだ。
その数秒後、私は、今までに見たこともないような摩天楼の絶景を目にし、今までの人生で最も長いこと入院することとなったのだった。