第四夜 ①ー1
春の模擬試験も終え、シナリオ上、次に来るイベントがなんだったか思い出せないまま初夏を迎えた。
「思い出せなかった…。夏休みイベントよりも前って…なんかあった気がするんだけどなぁ…」
朝、支度をしながらエラは呟く。
ガチャ…。部屋の扉を開けて廊下へ出る。
「あ、おはよう!エラ」
扉の先から弾んだ声が聴こえてきて驚いた。
「リチア様…」
そこに立っていたのは主人公のリチア。彼女はときどき一緒に登校しようとしてこうして待っていることがある。
「一緒に行きましょう!」
彼女を笑顔でそう言うが、貴女のいないところで私がどういう目に合うかということを判っていない。こうしてみると乙女ゲームの主人公というのも随分身勝手なものだと思う。小さなため息をついてエラはリチアと登校した。
☆
「では、次の林間学校について資料を配ります」
教室はその一言で一気に賑やかになった。
…林間学校…。
和気藹々と賑やかになった教室の窓際の席に座っていたエラは目から鱗だった。完全に忘れていた。
前から順に回されてくるプリントとしおりを受け取る。内容に目をやると、そこには間違いなく“林間学校”と書かれている。そこで一気に記憶が甦った。
…林間学校…!!リチアの攻略キャラの恋愛イベントがたくさん起きる…!!
確かキース、イドラ、そしてイオニコフと三人の恋愛イベントが発生するシナリオだったはず。
「エラは…何してたっけ…?」
何となくの流れとリチアのイベント分岐は覚えている。けれど、肝心のエラの動向は覚えていない。というか、多分このイベントにおいてエラは殆ど関わっていなかったのだろう。到着一日目は自由で、二日目には宝探しがあったはず。そこでリチアと同じ班だったとは思うが…。
…そこ以外に絡んだ記憶がない…。もしかして今回のイベントはそんなに警戒しなくてもいいかも…?
☆
林間学校イベント当日。到着したその日は各自班ごとに振り分けられた部屋で眠ることになる。それまでは各自自由行動だ。リチアの場合はここでイドラとのイベントが発生する。しかし、エラには関係のないイベントなようで特に何も起こることはなかった。
幸いと言えばリチアが同じ班だったこと。お陰で目立ってエラに虐めを仕掛けてくる奴はいなかった。
林間学校二日目。その日はやって来た。
昨日の自由時間にメモ帳の思い出したことを書き込んでいった。そのお陰で今日の宝探しについて少し先回りできそうだった。
「では今から班ごとに分かれてください。今日はこの微量の魔力を纏ったボールを赤、白、黄、緑、青、五つ集めてここにいる先生に渡してください。その時はきちんと班全員が集まっていること。ボールはそれぞれ五個づつあります。魔法の使用を許可します。もちろん、妨害以外の殺傷させるような魔法の使用は一切禁じます、よろしいですね?」
その日のスケジュールを教師が話し、生徒が「はーい」と返事をする。
それから指示に従って行動を開始した。
「じゃあ、私達も行きましょうか」
そう言ったのはリチアだ。 班のメンバーは沙夜の記憶通りだった。リチア、キース、イドラ、エラの四人。だが、今回はイオニコフも参加している時間軸。彼も教師の許可を受けて参加することになったそうでリチアの班だけ五人。
…ここまでは記憶通り…。この後、私達の班がボールを集められないように虐めっ子の筆頭達が色々と妨害工作を仕掛けてくる。そのせいでリチア達も巻き込まれる形になったはずだ。
それは、避けたいと思う。ゲームのエラはそんなことが起こるなんて知らなかっただろう。だけど、ここにいるエラはこれから何が起こりうるかは判っている。
…それがわかっていて、行動を共に出来るほど図太くないし…妨害は私が自作自演しているかのように仕掛けてきたはず。
何でかわかんないけどイドラはずっとこっちを警戒してきているし、リチアに傷がつくとキース達がどう行動するかわからない。出来れば敵視されるのは避けたい。それに、変にリチアの好感度も上げたくない。どうせ何かあっても誰もエラの味方はしてくれない。
「あの…提案なのですけど」
「ん?どうした?エラ」
珍しくキースが返事をしてくれた。
「要は五つの色のボールを回収するのが目的ですよね?でしたら手分けしたらいいかがでしょう?まとまって動くよりは効率的ではないでしょうか」
エラがおずおずとそう提案するとリチア達は快く頷いた。
それはそうだなと各々が頷く。
「では、私は1人で探してみます。また後で落ち合いましょう。それでは!!」
エラは引き止められる前にそれだけ言って宝探しの舞台である森の中に走っていく。その背中に彼女を引き止める声が聞こえてきたが、振り返ることなく走っていった。
…ゲームのエラにとってはリチアは唯一の救いだったはずだ。攻略キャラがエラに対してさほど優しい訳でもない。だからエラはきっとリチアが傷つくのは望まない。
狙われるのは“灰かぶりのエラ”。一緒にいない方がいい。