第三夜 ②
「…生憎、私は“灰かぶり”。聖女様と親しくするような身分ではありませんの。…彼女が私に構うのは私が虐められている可哀想な子だからです。可哀想な子を助けてあげる自分は美しいものですから」
「…人の好意をそんな風に言わなくてもいいんじゃないかい?」
エラの言葉でイオニコフの表情が変わった。明らかに不服そうだ。
…やっぱり…主人公ヒロインとの出会いのイベントがなくても彼女への好感度の方が高い…か。
所詮、彼も攻略キャラの一人だ。キースの様子を見ていて思っていたことだが攻略キャラは主人公に対する好感度が普通にゲームをするよりも高い気がする。もともとキースは幼馴染ということもあって主人公に対する好感度は高いのだが、模擬試験の後で遭遇したイドラ・ハンニバルも攻略難易度は高かったはずだが、この一週間ほど観察しているといつの間にかリチア達と行動することが増えていた。そして、この目の前にいるイオニコフも例外ではない。
教室の影で極力気配を消すようにしているエラはリチアの周りに自然と集まってくる攻略キャラ達やクラスメイト達をよく眺めていた。だからシナリオ関係無くリチアへの好感度が高いのは何となく感じていた。
…主人公への好感度が高いなら彼女を侮辱するような発言は敵対心を煽る。だけど、変に彼女を持ち上げると接触回数が増えてしまう気がする。…バランスが難しいわね…。
「そもそも…私エラに対して好感度なんてあるのかしら…」
ぽそりと聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
二人の間を吹き抜ける風が何だか少し不穏だ。イオニコフは黙ってエラを見ているが目は笑っていない。
こんな時、つくづく主人公が羨ましいと思う。元の世界でも男子が味方になってくれる事はなかった。この世界でも異世界ですらそんなことはないんだなと改めて思い知る。
イオニコフが存在する六週目の世界線で待っているENDのうち、イオニコフとエラの両方が関わっていたと思う真・ENDのシナリオを思い出せていないこの状況で、出会いのイベントを介したキーパーソンになりそうな彼ですら所詮は主人公側にいる事が少しばかりエラの心に影を落とす。
…どんなに足掻いてもろくなENDに至れない気がしてきた。それならいっそ、リチアの取り巻きになるENDの方がマシな気がしてきた…。
いや、ここで諦めるにはまだ早い。攻略キャラの助力なんて当てに出来ないそれだけだ。
「オーデルセン様。聖女様のところに行かれなくていいんです?」
暫くの沈黙を破ってエラがそう聞いた。
「…どうして?ボクは彼女と約束はしていないはずだけど」
「…いえ、オーデルセン様は聖女様がお好きなようでしたので、それならば傍に行かれればよいのにと思っただけでございます」
「…ボクがここにいるのは迷惑だ、ということかな」
エラはまさかイオニコフがそのような反応を示すとは思っていなかったので驚く。
「…! いえ、迷惑だなんて、そんな事はありません。話し掛けていただけるのは嬉しいですわ」
出来るだけ笑顔を作ってみせた。それを見たイオニコフは先ほどの表情と違い、少しばかり嬉しそうに見えた。
…私エラにも好感度はあるのかしら?
「そっか。ならいいんだ」
イオニコフが嬉しそうに目を閉じてそう言った時、新校舎の方から午後の授業を告げるチャイムが聞こえてきた。その音で二人は振り向いた。
「…ではそろそろ戻りますわ」
そう言ってエラが新校舎へと歩き始めると、
「そうだね。いってらっしゃい」
と、声が追い掛けてきた。思わず振り替えるとそこには手を振りながらこちらを見送っているイオニコフがいる。
「…先ほどの非礼は詫びておきますわ」
「ん?何のこと?」
「リチア様の事です。あの方が優しいというのは周知の事実。言い方が悪かったと思っています」
「…うん」
「ただ、あの方は聖女様であり国妃にも匹敵するほど高貴な身分でもあるということ、そして貴方はこの大陸を代表する英雄。私のような灰かぶりと親しくしていては悪い噂も立ちましょう。…私にはあまり構われないことをお薦めしますわ」
エラがそう言うと、イオニコフは眉をしかめた。
「どうやらキミはあまり人と親しくすることは好まないようだね」
再び歩き出したエラにそうイオニコフは話し掛けた。エラは足を止め、振り向く。
「…違いますわ」
「…違う?」
「ええ、好まないのではありません」
エラは何か覚悟を決めたかのような微笑んだ。
「私は灰かぶり。誰も当てにはならないと、知っているだけですわ」