第二十夜 ③
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結局、光の世界の連合軍が天地戦争で成し得たのは、闇の世界の戦力を大幅に削ぎ、主力となる魔女軍団の壊滅であった。
魔王は倒されることはなく、しかし光の世界を圧倒するだけの戦力もなく、闇の世界の連合軍はほどなくして撤退して行った。
天地戦争は最大の衝突時から始まりおよそ半年というスピードで幕を下ろしたが、それは英雄と聖女という桁違いの実力を持った二人が存在したことに他ならない。とはいえ、闇と光の世界の抗争は半年どころではなく、数百年は続いていたため、その抗争に終止符を打った訳だが、そんな、偉大な二人の存在は、光の世界にとって大きな存在で、だからこそ未だ倒しきれなかった魔王の反逆に対しての対策を、未来への安全の保障を求めた。
それが、偉大な二人が魔王が反逆を決行したその時に、存在し、闘い、光の世界を守ること、である。
自分達の未来の子供たちのために。
それだけを唱えれば、聞こえはいい。だが実際はそうでは無い。
この当時の人々は、英雄と聖女に、魔王が再び攻めてきた時の保険として、未来に生きて欲しい、言葉を変えればその実、生贄になって欲しいと望んだのである。それが、イオニコフが旧校舎で眠ることになった、理由だ。
「お願いだよ、イオニコフ、お前がいないときっと魔王が復活したら光の世界は終わってしまう」
「英雄イオニコフ、頼みの綱はきみだけなんだ。わかってくれるだろ?」
学友、国民、共に戦った仲間達、彼らが口を揃えて言ったのは、そんなことだった。
「……それってつまり、ボクに自分の人生を捨てろって……そう言ってるのかい?」
魔王の驚異が去ったのは一時的、力を蓄えたら再び進軍してくるだろう。
そんなことは、分かってる。だけど、ボクだって、普通の人間なんだよ。
「ボクには、魔王と戦うことしか、選択肢が無いって言ってるのかい?……聖女フレイシアは、免れるっていうのにかい?」
友人知人、教師、果ては血を分けた家族にさえ、“今の人生を捨ててくれ”と、同義の事を言われるのは、悲しい、なんて言葉では言い表せないくらいショックな事だった。
しかも、天地戦争のもう一人の立て役者である聖女フレイシアは、この時点で婚約者がいた、だから今の人生を捨てさせるのは可哀想だ、英雄一人がいればきっと未来は守られる、と、そんな都合のいい解釈で、生贄になることを免れた。
「…ごめんなさい、イオニコフ。でも、きっとあなたなら、成し遂げられるわ。それに、一人ではないのよ?未来の学園の生徒達がきっとあなたの力になってくれるはず」
天使の笑みだと称されるほど可憐で、儚げな笑みを浮かべる聖女フレイシアに、周りの人間は優しいだの女神のようだだの慈悲深いだのと賞賛の声をあげている。その光景すら、ボクには恨めしいものでしかなかった。
誰も彼もが今のボクの、イオニコフ・メルエム=オーデルセンの人生を捨てることを望む。
そんなことのために、英雄と呼ばれるほどに強くなった訳じゃないのに。
どんなに抗議しても聞き入れられることは無く、ボク、イオニコフ・メルエム=オーデルセンは時渡りの魔法で、旧校舎の地下に眠らされることになる。
ボクは、この瞬間に、家族も、友達も、戦友も、そして人生を謳歌する自由も、何もかも失った。どんなに言葉を尽くしても、説得を試みようとも、恐ろしい程にボクの言葉は意味を持たなかった、力を、持たさせてもらえなかった。言葉が通じない、と言えばわかりやすいかもしれない、それはまるで、同じ言葉をひたすら繰り返す無機質な人形に話しかけているようなもの同然で……。
今にして思えば、この時、魔法を使って大暴れしても良かったのかもしれないけど、この時のボクの心は、ポッキリと折れてしまっていたー…。
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当時の破壊を免れた校舎、今で言う旧校舎の地下で眠りにつく時、唯一、傍にいることを申し出てくれたのは、ドラゴン族のギーウィだけだった。彼とは天地戦争の際、何度か共闘する場面があった戦友だ。魔族でありながらも、その長い寿命を心折れたボクの傍にいることに使ってくれると、そう言ってくれた。当時のボクにとっては、唯一の希望で、そうしてボクは百年後に目覚めたあの日までを、眠って過ごすことになった。
絶望と憎しみを胸に抱えて。