第十九夜 ②ー7
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そんなこんなで穏やかなひとときを過ごしたエラは、その日の放課後、アイザックと連れ立って学園から離れた街の一角にある喫茶店にまで足を運んだ。理由はもちろん、必要以上の人間に話を聞かれないようにすることと、余計な波風を立てないためである。
アイザック・グラスヒールというこの男、原作では絵姿のないモブで、名前だけ出てきたようなキャラだったし、実際の彼もまたモブと言われればモブだろうな、と言えるような見た目だ。つまりは平々凡々であり身分としてもそれなりに名の馳せた商家である点を除いては、やはり平々凡々な男だ。しかも目つきは悪い方である。の、だが、ここ最近、ひいてはアイザックがキースやイドラ、果てはリチアにイオフコフと話題の人ばかりと対等につるんでいる姿が目撃、あるいは認識されるにつれてアイザック自身の注目度も上がってきている現状がある。まぁ、見た目は平々凡々だと言っても過度に整った顔立ちでは無いと言うだけで普通にそこそこかっこいい。とはいえ、エラからしてみれば、整った顔立ちの面々を間近に見過ぎたせいでアイザックの顔面偏差値がそれほど高いという印象はない、もちろん、悪いという意味でもないのだが、まぁなんにせよ心ときめく外見であるという認識はしていないわけだ。しかし、世間はそう、厳密に言えば学園内では問屋が卸さず注目度が上がっているので大変目立つ。というわけで、学園から離れたこの喫茶店でお忍びデートが如くこうして密会している。
「まさかよねぇ」
「あん?」
しみじみとエラが言葉を漏らせば、向かい側に座るアイザックは眉を顰める。
「あなたが注目を浴びる日が来るなんてねぇ」
「まさかだよなぁ」
オウム返しのようにアイザックが返す。本人的にもこの状況は想定外だったようだ。
「俺はモブなんじゃなかったのかい?エラさんや」
「私の記憶の中でもモブだったわよ。全く、人生なにが起こるかわかったもんじゃないわね」
「お前さんが言うと説得力あるなぁ」
人の気も知らないでのんびりとそう言われてしまい、エラは呆れることしか出来なかった。
「まぁ、いいわ。本題に入りましょう」
「あいよ」
「今日、話したかったのはローレンについてよ」
「ほう」
「まずはっきりさせておきたいのは彼曰く、敵対する気はないという表明をしたことよ」
「ほほう」
「彼が言うには、教師の様子がおかしいんですって。異常なまでの無関心、これが一向に消えない私…、もとい灰かぶりのエラへのいじめの実情だって言うのよ」
彼の言葉をそのまま引用しよう。彼ことローレン・J・リードは学園の教師のことを『暴動が起きるレベルであれば動く気のようですが、どうやらさほど重要視していないようですね。まぁ、元が落ちこぼれだったことに起因するならば、成績が上がっていくうちに収まるだろう、といった至極楽観的なスタンスのようです。逆に言えば、実力が無いのなら同時に、人権もない、と言った所でしょうか』と評した。
彼が話したのはそれだけではなく、教師が異常なまでに成績以外に興味を示さず、いじめにも関心がないことと未だに無くならない生徒からのいじめが消えないことは連動しているだろうと話していた。
「つまりなんだ?ここまで原作との人間関係性が変わってても、いじめられる要因は別にあるってことか?」
「ええ、だって原作では教師陣の様子がおかしいなんて設定なかったでしょう?」
「そりゃそうだなぁ。ってことは、だ」
「ということは?」
アイザックはクイッと一口、珈琲を口に含み、味わってからごくんと飲み込んだ。
「完全に、ゲームの強制力、ってやつだな」
間をおいて放たれた言葉に、エラは呆然としてしまった。いや、もう、ずっと前からわかっていたことだ、それでも、改めて口にされると呆然としてしまう。
「英雄や聖女達がお前を敵視しない以上、どこかでお前が暴走する理由が必要なんだろうな」
「暴走する理由?」
「ああ、元々、原作のストーリーでは学園祭までに聖女達に対する不信感が募っていたはずだ。そこに、学祭後の聖女の裏切りで、魔女として覚醒したはずだ。だが実際にはもう覚醒したし、なんなら魔女自体は浄化されたわけだからな」
ストーリー上、今回の学園祭で覚醒したはずの魔女はもういない。だが、魔女が覚醒しないと、物語が進まない。その為の“強制力”が学園内の方に影響が出たという事になる。
「とりあえず、警戒しといて損はないだろ。俺は俺で騎士達にも声掛けてとくわ。それと、ローレンの方もな」
アイザックはそう言って、珈琲を飲み干した。