第十九夜 ②ー5
☆☆☆☆
「ーお前なぁ、もう少し考えてくれよな」
教室から呼び出されたアイザックはそんなようなことを言った。
結局、教室まで行ったのはイオニコフだけであった。本当はエラも行こうと思ったのだけど、それはイオニコフに却下されたのだ。理由は、その方が二人を呼び出しやすいだろうから、というのと、エラに嫌な思いをして欲しくない、というもの。
そんなこんなで、エラは人が来ない校舎裏の方で待機をしていて、一人ぼーっと待っていたところに呼ばれてやって来たアイザックが開口一番に言った言葉。
「あら、アイザック。何か不都合でもあったの?」
「いやまぁ、英雄様の呼び出しってことで難なく抜けてこられたけどな。そういう意味では、助かったけどな。あいつら人使い荒いんだよ。俺らは客寄せパンダかよ」
全力で悪態をつきながらアイザックはエラの腰掛けていた花壇の縁に同じように腰を掛ける。
人使いが荒い、とはどういうことだろう?休憩をもらえなかったのだろうか?
「なんだか大変だったみたいだよ」
そう補足するように言葉を足したのはイオニコフ。遅れてやってきた彼のすぐ後にはイドラもいる。
「俺達のシフトはとうに終わっているにも関わらず、労働させられていた。ふざけるにも程がある」
たいそうご立腹らしいイドラの眉間には深く刻まれたシワが寄っている。春頃にこの表情を見ていたら震え上がっていたこと間違いなしだ。それくらい、不機嫌で、無愛想で、殺気に満ちた顔をしている。これでは客寄せパンダどころか客避けヒグマみたいなものだが、これでどう客寄せになっていたんだろうか、なんて疑問さえ浮かんでくるレベル。
「まぁ、ハンニバルは顔が良いから女子も寄ってくるだろうけどよ、俺は違うだろ?こんな平々凡々な顔が隣に並んでたって綺麗どころが台無しってもんだろ!だのに、ハンニバルが俺を巻き込むからよ…」
「何故この俺が売り子なんてしなければならない?しかも、ただのおにぎりを売るだけだ。俺が隣国の王族であることをよもや忘れているのではあるまいな」
おにぎり屋。それがアイザック達、もといエラのクラスの出し物だ。教室内にイートインスペースも用意し、おにぎり以外にも紙コップで飲む味噌汁なんかも提供している、ちょっとした休憩スペースとなっている。
とはいえ、魔法学園でこんな出し物は地味すぎる…、と、当日の楽さを考えた結果決まったこのおにぎり屋の目玉として隣国の王子、イドラや王国騎士団長の息子たるキース、聖女のリチア、とまぁ言うなれば有名税を使いまくって客寄せパンダにしよう、という厚かましい策が採用されたという背景が存在する。
「いやいや、だからこそ、だろ。聖女も騎士も学園祭の方で仕事があるらしいからな。おかげで俺まで巻き込まれた。どこぞの我が親友が、俺と一緒じゃなきゃ嫌だなんて言うからよ」
…え、何その状況。私も見たかったわ、その瞬間。
「ふん。道連れだ。決まっているだろう」
「だからなんでだよ」
親友二人のそんなやり取りを横目に、アイザックとは反対側へと腰を降ろしたのはイオニコフ。正面から見てアイザック、
エラ、イオニコフといった順番だ。背後には色とりどりの花が咲き誇っている花壇がある。
「休憩という休憩も、自由行動も出来なかったそうだよ」
あんまりだよね、と言葉を続けたイオニコフは呆れた目で校舎の方を見た。まともな人間はいないのだろうか。
けれど、その話を聞いて、腑に落ちた。
「昨日もアイザックはクラスの手伝いをしていたはずなのに、どうして今日も忙しいのかと疑問でしたが、そういうことでしたのね」
「いや、気付いてたなら訊いてくれよ、おかしくないかって。もっと俺を労わってくれ」
エラが納得したようにのんびりした声で話せば、隣にいるアイザックから涙目で訴えられた。
彼は随分こき使われていたようだ。ごめんね、私がクラスに参加出来ないばっかりに。関わることもないと思ってたから頭を掠めた程度の疑問で終わってしまった。昨日も助言貰ったりしたのに、なんかほんとにごめんねと言いたい気分だ。
「労るなら俺を労われ」
いきなりの命令口調はどこのどいつだと視界を巡らせれば、アイザックの前あたりに立っていたイドラが仁王立ちでいるのが見えた。不機嫌を体で現したような、そんな雰囲気だ。
彼自身王族だし偉ぶっていてもおかしくないのだが、不機嫌ながらも疲労の色が見える顔を見ていたら、本当に、気の毒に思えてくるから不思議。
どうも二人とも散々な目に合っていたらしい。これは英雄であるイオニコフが単体で呼び出しに行って正解だったのかもしれないな。
…私までついてったんじゃ、余計な反発があって二人を呼び出せなかったかもしれないものねぇ。
そんなことを思いつつ、改めて彼らの方を見る。アイザックが隣にいて、イドラもイオニコフもこうして一緒にいて、それが春の転生したと悟ったあの日と、それから夏休みでの一件の時といい、想像だにしなかった光景がこうしてそばにある。これだって十分過ぎる奇跡だ。
「…では、お疲れの二人のために、何か食べ物でも見繕ってこようかしらね」
エラはそんな風に言いながら立ち上がると、校舎側の出店の方へと足を伸ばした。
学園中からいじめていい対象とでも思われているだろうエラだが、いじめ自体は偏った傾向にあり、案外その中に「食」に関するものはなかった。昨日もそうだが、出店で食べ物を買う行為自体は意地悪されたりせずに普通に対応してもらえている。しかしまぁ、嫌な顔はされるのだが。
そんな対応であってもまぁ、普通に買わせてもらえるのだから文句は言うまいと、エラも納得している部分だ。もしこれでこういった生き死にに関わる部分までいじめの一環だと対象にされていたのなら、魔女の魔力を使ってでも反撃していたかもしれない。むしろそんな世界、滅ぼしてしまいかねない。
何せ、食を奪うことは、それ即ち、餓死しろと言っているようなものであるのだから。