第十九夜 ②ー4
☆☆☆☆
気を取り直して。
ちょっと機嫌を損ねたエミーユとは一旦お別れをし、次に向かうのはイドラのいる場所。原作で彼はアイザックと共にクラスの受付をさせられていた。そう、させられていた、は誤字でなくそのままの意味だ。
イドラとアイザックは、もちろんエラも同じクラスだから内容をある程度知っているしわざわざ顔を出すまでもないのだが、まぁ、嫌々ながらクラスに拘束されている二人に会おうと思うと、行くしかないのである。
「一体全体何がダメだったのかしら」
唐突なエラの呟きに、隣を歩くイオニコフはきょとんとした。
エラは、先程のエミーユとのやり取りを思い返している様だ。
うん。多分、彼女には一生判らないんじゃなかろうか、とイオニコフは感じた。彼女の中では、可愛い、は褒め言葉なのだろう。そりゃ、女の子にとってそれは褒め言葉かもしれないけど、まぁ、好いた女性にそんな事を言われるの切ない事この上ないよね。それってつまり、意識してもらえてない、と同義だろうしね、と、気の毒なエミーユに同情しつつも自分も彼女にそう思われてたらショックだなぁ、なんてイオニコフは考えていた。
そんなことを考えながら歩けば、目的地は目の前までやって来ていた。と、そこでイオニコフはクンッと手を少し後ろに引かれて振り向いた。手は、エラと繋いでいたので、それはつまりエラが手を引いたという事。正確には、足を止めて動こうとしなかったから、だ。
「エラ…?どうかしたのかい?」
もうすぐ教室に着くという所でエラが立ち止まったので、イオニコフも心配して声をかける。
少し俯いていたエラは声をかけられて視線を上げる。彼女の瞳は不安げに揺れている様で、イオニコフはその目を見て瞬時に事を察した。
「やっぱり止めるかい?ああ、それかボクが二人を呼んで来ようか。そろそろお昼時だし二人も休憩で呼び出せるかもしれないしさ」
彼の提案はエラにとっては有難い申し出だ。そもそもエラは学園祭の準備すら拒否された人間だ。そんな人間が迂闊に教室に近づくのは、余計な火種になるだけだろう。それに、まるでそれが当然かのようにイオニコフは移動中、エラの手を握って繋いでくるわけで、こんな様を、見られたらクラスの彼、彼女はきっと大騒ぎすることだろう。まぁ、同じクラスでなくとも既に噂にはなっているし刃物で刺すような視線を浴び続ける羽目にはなっている。しかし、やっぱりイオニコフが怖いのか、直接何かを仕掛けてくる奴まではいないようで、学内の移動中は誰もが遠巻きに見てくるだけで済んでいた。
…一人になった瞬間に標的にされそうよね。
なんて考える余裕はあるのだが、それは他のクラスの人間相手であって、自分のクラスとなると、まぁわざわざ喧嘩を吹っ掛けるようなことをしにいく必要もあるまいし、出来れば避けたい事態であることは確かだ。
それに、彼らのご機嫌を取ってせっかくのイオニコフと手を繋ぐという一大イベントを無下にしたくないわけで。
…魔女の魔力のせいだとしてもそうでなくても、いい加減、ビクビクしたくないっていうのもあるのよね。
それでも、この体の本来の持ち主であるエラリアの潜在的な恐怖なのかははっきりしないが、本能的に恐怖を感じる時は、体が強ばってしまうし、悪い方へと考えてしまう。
いや、もっと正確に言うならば、紗夜とエラリアの感じる恐怖が一緒だと、過剰に反応してしまうのかもしれない。それと、中途半端に前世の記憶があるから、が大きいのだろう。
…そろそろ、すぐ悪く考えるのも止めなきゃ、よね。
こうしてイオニコフがそばに居てくれるのだから、不安ばかり感じたり悪く考えてばかりでいるのやめるべきだ。
エラは首を振って、
「いえ、行きましょう。アイザックとハンニバル様の様子を見に」
と、答えた。
事を荒立てたくないのなら、イオニコフの言うように、二人を呼び出してもらうのが正解だ。けれど、それはそれでアイザックに怒られそうな気がした。