第十九夜 ①-1
二学期最初の模擬試験を終えたら、その次に待っているのは原作でも人気の高かった学園祭イベントが待っている。
イドラとアイザック達のおかげで無事に試験を合格出来たエラは大手を振って学園祭イベントに参加出来るのだ。原作をプレイしていた時も好きなスチルの多いイベントだったからよく覚えている。
「時ノク」における学園祭イベントは三日間開催される。好感度イベントなので当日に一緒に回る相手は当然その時の好感度第一位の相手となる。攻略対象全員にスチルがあって、しかも「これで付き合ってないの?!」とのツッコミがしたくなる程の激甘シーン盛り沢山と言った感じだった。だからこそプレイヤー達は推しとの激甘シーンに歓喜したものだ。もちろん、私だって例外ではない。ドン引きされようがここで白状すると、この学園祭イベントだけは周回スキップしなかったしスチルは一時期スマホの待ち受け画面に設定していたくらいだ。大好きなイベントだった。だからこうして身をもって体験できるなんて…!と感激していたのだけど。
「ー…そりゃそうよね……」
滞りなく準備が進められ、学園祭初日となった今日、出店や各クラスの出し物で飾られお祭り会場と化した校内の片隅で私は晴れ渡る空をぼんやり頬杖付きながら眺めていた。
そう、エラはこの賑やかな空間でぼっちを極めていたのだ。
…所詮このイベントは主人公であるリチアの為のもの…。灰かぶりが楽しめるイベントなわけなかったわよねぇ…。
遠い目をしながら飾り付けもない本校舎裏の花壇の近くのベンチでエラは腰掛けていた。足をぶらぶらさせながら遠くで聞こえる賑やかな音を聞き流すようにため息をつく。
エラは意気揚々と寮を出てきたが、リチアはキースと回るらしいと聞き、一緒にと誘われたもののせっかくの好感度イベントの邪魔は出来ないと辞退した。この時はエミーユやイオニコフなどの誰かと回れるかと思ったがそもそもにして攻略対象のうち主人公とイベントが起きなかった相手はそれぞれのクラスや部活などの出し物に参加することになる。その為、クラスから追い出された状態と言えるエラ以外は忙しそうにしている。
結果、エラはぼっちを極めることになった。
「はあああああああ……」
盛大なため息をついたエラは虚しいこの期間をどう過ごそうかと頭を悩ませた。
…せっかくの学園祭イベントなのになぁ…。…一緒に回りたかったなぁ……。
「…イオニコフ様と」
風に掻き消えそうな程の小さな声でそう彼の名を呟いた。当然、彼がここに姿を現す訳もない。そもそも彼の姿は今日のうちに見かけていない。どこにいるのやら。
だんだん虚しくなってきたエラはまだ学園祭当日が始まったばかりとは言え早々に寮へと帰ろうかと考え始める。この学園祭自体、各クラスの出し物の当番などになっていない限りは出席のチェックもないのでいつ帰ろうが自由だ。
エラは徐に立ち上がると、寮に向かって歩き出す。ひとまずは校門をくぐらないといけないのでそちらへと向かう。と、その道中でアイザックと出会った。
「ん?お前、こんなとこで何やってんだ?」
「あらアイザック。貴方こそここで何してるのよ?今って当番の時間じゃなかったかしら」
「おう。そうだぞ。むしろお前が羨ましいくらいだぜ。灰かぶりだからって店番免除でよ」
「アイザック……そんなこと言うのきっと貴方くらいよ?というか灰かぶりなんて私は嫌よ。模擬試験だってイドラだけじゃなくて私だって魔法使って合格したのに、未だに灰かぶり。ずっと見下されている。それのどこが羨ましいって言うのよ」
エラは思わず口を尖らせた。羨ましいと言われるような気楽な立場じゃない。そんなこと彼ならわかっているはずなのに…どうしてそんなこと言うんだろう。苦々しく思って彼を睨むが、その彼は頭をポリポリと掻いて呆れたとでも言わんばかりの顔をしていた。
…なんなのよ!あの顔…!
エラがムッとした顔をすると、アイザックが口を開いた。
「お前さぁ、いつまでそんなこと言ってるつもりなんだよ」
「…は?どういうことよ?」
不機嫌な声で聞き返すと、アイザックもまた不機嫌な声で答える。
「だから、いつまでうじうじしてんだって言ってんだよ。どうせお前のことだからいじめられるのは属性のせいだーだから仕方ないーとか思ってんじゃねーの?」
アイザックに図星を突かれてエラはギクッと顔を強ばらせた。だって、あれは魔女の魔力のせいで、まだ魔女の魔力が抜けきっていないからで…、そんなことが頭を過ぎった。
「…何よ…違うって言いたいわけ?」
「そうだ」
アイザックが言い切ったものだから、エラは面食らってしまった。新学期が始まってからもいじめはなくなっていない。リチア達がそばに居てくれるから直接的なことは回数としては減った。だが、向けられる視線には悪意が混ざったままだ。これが、魔女の魔力のせいじゃないわけない。そう思っていたけど。
「考えてもみろよ。ほんとに魔力のせいだって言うならよ、俺はなんで平気なんだ?」
その言葉にエラは目を見開いて言葉を詰まらせた。
…確かにそうだわ。……いいえ、どこかでずっと気になっていたの。どうしてアイザックは平気なのかって。
魔力のせいならそばにいるアイザックもみんなも影響を受けてもおかしくない。
「な?おかしいって思うだろ?そりゃ聖女やら騎士やら天使も英雄もそんでハンニバルなんかチートだったり光属性だったりで闇属性の影響は受けつけませんっつっても納得は出来るじゃん?けど俺は?自分で言うのもなんだが俺はすっげー平凡なんだよ。魔法学だってSクラスにいける実力もないし使える魔法だって至って一般的なもんばっかだ。特別な装備を持ってる訳でもない。なのに俺はずっと平気だぜ?」
「で、でもそれは、転生してるからじゃ……」
「転生前だって俺はしがない学生だぞ。魔法耐性なんてないのにそれだけで無効化されるっつーのかよ。そんなわけねーだろ」
確かにそうなのだ。アイザック・グラスヒールは至って一般的な魔法使いだ。この学園の大多数の生徒が受ける影響ならばアイザックにだって影響があって自然なはずだ。
「じゃ、じゃあ…どうして私はまだ“灰かぶり”のままなのよ?ちゃんと試験を合格したの。全部がイドラにおんぶにだっこされたわけじゃないわ!もう落ちこぼれと言われる程じゃないもの!だけど……!!」
きちんと合格した。だから今も魔法学はSクラスのままだ。それよりも前と違っていくつかの魔法だって使える。それなのにクラスの人も学園の人々も未だに灰かぶりと罵ってくる。どうせズルをしたんだと。……認めてくれはしない。
それもこれも全部魔女の魔力のせい。そう思っていたのに……。
やり場のない感情にエラは拳を握る。これこそシナリオの強制力というやつなのだろうか。だとしたら、この先はやはり希望なんてないんじゃないか。
また心に絶望の影が落ちた。けれど、
「ー……簡単な話だろ」
ほんの少しの沈黙の後にアイザックがぽつりと呟いた。
エラが視線を彼に向けると、いつもの意地悪い顔をした彼がいた。
「結局のところ、あいつらはストレスを発散したいからその相手をお前にしてたってだけなんだよ。いじめのほとんどがそんなもんだぜ?気に食わないとか他に当たれないから当たれそうなやつに当たって優越感に浸りたいとかな。だからお前自身の真実なんてその実どうでもいいって訳だ。逆に言えばお前が“落ちこぼれ”でいてくれなきゃ自分の体面が守れないとかどうせその程度だぜ?あいつら高尚な魔法使いの卵様が考えてることなんてな」
アイザックはニヤニヤと口角を歪ませながら冷めた視線を多くの生徒で賑わう学園祭会場へと向ける。
一瞥でもくれているんだろうか。エラはそんなアイザックを眺めながら彼の言ったことを咀嚼した。
「お前は入学時に落ちこぼれだった。だから目をつけられたに過ぎねぇんだよ。自分より下だと思ってた奴が英雄だ聖女と親しいから悔しいってだけだ。あいつらは“灰かぶりのエラ”って言う偶像が欲しいだけなんだよ。いじめていい対象がな。そんな奴らの顔色窺って何が楽しいんだ?望むとおりにしてやる必要なんてないだろ」
そこまで言われてエラはずっと心に掛かっていた霧が晴れたような気がした。
すーっと胸が軽くなる。
「だから灰かぶりでいてやる必要なんてないがそれこそ利用してやればいい。俺の場合はサボりの正当な理由になるから羨ましいーつったんだよ」
そうアイザックは意地悪そうな笑顔で言った。