第十八夜 ②
「エラの属性は現状は無属性。入学の際も無属性判定だったはずだから、無属性魔法を中心に特訓しようか」
イオニコフはそう言ってエラにいくつかの無属性魔法を教える。その中にはエラ、もといエラリアの授業ノートにメモしてあった魔法もあった。これに関してはエラも記憶にあるのでまずそれから習得することにした。
イオニコフ指導の元、エラが魔法の特訓をしている間、暇になったアイザックはポケットに入れていたコンパクトケースを取り出して何やら連絡を取る。
そうして連絡を受けた相手が現れたのはそれから小一時間ほど経った頃だった。しかし、何故だかわからないが呼び出した相手以外にもぞろぞろと連れ立ってやってきたのだ。
「な、何事ですの?」
特訓の手を止めエラは集まってきた人々の方を見る。イオニコフも同じ方向に視線を向ける。新校舎の方からやって来たのはイドラを先頭にリチア、キース、それにエミーユの四人。大集合だ。
「やぁ、勢揃いじゃないか。一体どうしたんだい?」
イオニコフはきょとんとした顔でそう尋ねると、イドラの後ろからひょこっと顔を覗かせてリチアが答えた。
「水くさいじゃないですか!エラの魔法の特訓をしているのでしょう?私も協力したいのです」
「え、…ええ!?リチア様…一体何を…!?」
「先輩、休み明けの模擬試験で落ちたら危ないんですよね?エドワルド先輩が言ってました。三年間の模擬試験の中で四回落第点取ったら退学だって」
「確か、エーデルワイスは一学年時の模擬試験はずっと落第点だったと記憶している。落ちこぼれというのもそれが起因だったはずだ」
「それは…そうですけど…どうしてそんなに詳しいんですか…」
思わず目が泳ぐ。魔力があるからこの学園に入学出来た。それでも魔力を封印されていた彼女が今までの模擬試験に合格出来ていたわけがない。
「そりゃそうか。そうだわなぁ。二年の春は英雄のおかげで合格したんだもんなぁ」
アイザックは納得したようにうんうんと頷く。確かにそうなのだがなんだがむかつく反応だ。相手がアイザックだからか小馬鹿にされているような気がしてならない。
それでも、彼が呼び掛けたとはいえこうして集まってくれる人がいるというのは転生に気がついた春を思い返せば奇跡的なことだと思う。あの頃は如何に正体がバレずに生き抜くかを考えていた気がする。
「夏休み明けの模擬試験は二人組で受けるものだったはずだ。ペアは公平を期すため、戦力差を埋めるように決めるというものではなかったか?」
「ああ、ハンニバルの言うとおりだ。今のエーデルワイスのクラスは…」
「春のままですしエドワルド様達と同じですわ」
「そうですよね。じゃあ同じクラス内でペアを組みますよね?試験もクラスごとに受けますし、私達の中で組むのって駄目なんでしょうか?」
「俺はAクラスだからパスだな。ハンニバル達はSクラスだったよな?」
「ああ。試験はSクラス内で試合をすることになるだろう」
「先輩もSクラスなんですか?でも先輩、魔法使えないんじゃ…?」
「エーデルワイスは春の模擬試験で内包する魔力の高さが評価されてSクラスに振り分けられたんだ」
「先生達には先輩の魔力が内包量がわかったんですか?それなのに先輩の属性には気づかなかったんですか…。幸運と思っていいんでしょうか」
エミーユの疑問は最もで、イドラも眉を潜めた。アイザックも少し引っ掛かっていたことだ。何となく、居心地が悪い。そもそもこの国最高峰の魔法使いの学園で気付かないなんてことあるんだろうか。これも物語の強制力とでも言うのだろうか。エラが魔女として主人公の前に立ちはだかるその日まで続く力のせいなんだろうか。そんな風に考えてアイザックはゾッとした。
ここまで必死にあがいてシナリオを改変して関係性が変わったというのに、何かのきっかけで無かったことになってしまうのだろうか。ただ、物語の強制力という風に考えればこの居心地の悪さも納得がいく。
眉間に皺を寄せるアイザックをイドラがじっと見つめる。エラもエラで魔女という以外に何か抱えていると考えているイドラは幼馴染であるアイザックに対しても何かあると感じていた。魔女たるエラとつるんでいたのがいい証拠だ。ただ、こちらに害をなすような人間ではないことも十二分に理解している。だから怪しいと睨んでいたエラと関わるよう仕向けてくる彼の提案に乗ってみることもしてきた。
「…本番だけ、組んでも仕方ない。特訓の間もペアを作ってはどうだ?」
イドラがゆっくりと口を開いた。声に振り返ったのはその場にいた全員だ。
「ペアか…。確かに模擬試験では二人の連携も必要になってくるし…それはいい案だね。ただ、ボクは多分試験には参加できないだろうから…」
そう残念そうに眉を八の字に下げるイオニコフはため息をついた。
「それは仕方がないですね。イオニコフ様は英雄であられますから戦力差が出過ぎてしまいます。それに、卒業生ですし…」
イオニコフにつられるようにしょんぼりしながらキースが話す。彼としては憧れの英雄イオニコフとペアを組んでみたいところだろう。ゲームでもキースルートの中で英雄イオニコフについて語る場面があった。その時は名前だけだったのでまさか隠しキャラとして攻略出来るとは思わなかったなと紗夜はクスッと笑う。今でも転生前のことは覚えていて、時々彼らのやり取りを眺めているとふとした瞬間に思い出すことがある。
でも最近は遠い昔のような感覚になりつつある。幼少期の思い出に近い感じだ。
「じゃあ、私が立候補します。エラとペアを組んでみたいの」
「いやぁ~聖女様は止めといた方がいいぞ」
「え?何故?」
「だってこいつはまだまだ学園中から見たら“灰かぶりのエラ”のままなんですよ?いじめを助長するだけだって」
アイザックが釘を指すように言うとリチアは押し黙った。少し可哀想な気がするがエラが虐められる原因のひとつは彼女達の存在でましてや聖女や英雄といった“崇拝、敬愛する”相手が落ちこぼれなんて相手にすること自体が反感を買うのだ。そのことは学園で過ごす間にリチア達も感じていたことだ。そしてエラはそれを身をもって感じている。
リチアの気持ちは嬉しいと思ったが、エラ自身もアイザックが釘を指さずとも断っていたことだろう。特訓だけの今日だけならいざ知らず本番もなんてとんでもない。だが、じゃあ一体誰がペアを組んでくれるんだろうか。誰も虐められっ子の落ちこぼれなんて相手になりたがらない。
…そんなこと、わかってるわよ。
自分で自分が嫌になる。いくら封印されていたとしても今は違う。違うのに、上手く魔法が使えない。
こんなに足手まといにしかならないような落ちこぼれの為に、時間を割いてもらうことが申し訳なくなってくるだけだった。
「では、俺が組めばいいだろう」
そう切り出したのはイドラ・ハンニバル。エラを最も嫌悪し警戒していた相手だ。だからエラは驚いた。驚きすぎて声も出なかった。
「俺はこの国の重要人物ではない。あくまでも留学しているに過ぎない。そして、俺は隣国であっても王族だ。誰と何をしようがこの国の人間に口出しされる謂われない」
淡々とそう宣言するイドラに誰もが面食らった。アイザックも彼がそんなことを言うとは思わなかった。
…何故、イドラがそんなこと言うの?
エラも困惑しかない。だって彼は渋々自分という忌み嫌う存在を了承しているだけに違いないと思っていた。それなのに、何故彼が協力的なことを言うのだろうか。
そんな彼女を横目にイドラは話を続けた。
「どうする?お前が断るなら俺はもう何も言わん」
…私に意見を聞いてくれるってこと?
彼がそんな優しさを向ける相手は主人公だけだったはずだ。
「…ハンニバル様、が、ご迷惑でないのなら、お願いいたしますわ」
歯切れは悪いがエラがそう返事をするとほんの一瞬だけだがイドラの口元が緩んだように見えた。