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転生先は灰かぶり  作者: 紗吽猫
サブイベント〜片翼〜
149/166

第十七夜

お久しぶりです。

ゆっくりですが再開していきます。



夏休みも終盤に差し掛かった、あの海での日々の後。これは夏休み中に再び天界の実家へ帰った時のことだ。


「ただいま戻りました」と声をかけて家の中に入るとリビングで姉が出迎えてくれていた。


「おかえりなさい、エミーユ。疲れてはいない?」


そう言って姉はテーブルの上に僕の好きなハーブティーを用意してくれた。僕は「ありがとう、いただきます」と返事をして一口飲む。



天使族が多く住まう「天界」の多くの建造物は外周がエンタシスの柱に囲まれており、その内側に石材を積み上げて出来た家が存在する。当然、壁は石材で出来ているのだが家の中も石材で出来ているものが多く、下界とこの天界で呼称している「人間界」の方が様々な素材を使った家の内装なので快適だった。

そんなことをぼんやり考えながら少し硬いイスに腰かけると、それまで笑みを浮かべていた姉の表情が少し固くなった。


「姉さん?どうかしましたか?」


不穏な姉の様子に、不安が込み上げてきた僕はそれとなく尋ねてみる。いつもその顔に優しい笑みを浮かべる姉が真面目な顔や難しい顔をする時は大抵、きな臭い話に関することであることが多い。

それは天界内でも一二を争う美女と謳われる容姿を持つ姉には似合わない話題だった。


「ねぇ、エミーユ。あなた、海に行っていたのよね?」


真剣なトーンの声で姉がそう訊ねてくる。

これは隠すようなことではなく、海に行く際にはどこに誰と行くのかも伝えてあったことだ。ただ、あの海での出来事は多くの人に知られてはいけない。

さて、どうしたものか。姉は普段はぽわぽわした周りに花でも咲いていそうなタイプなのだが、そんな雰囲気とは違って察しもよく鋭い。下手な嘘は通用しない相手でもある。


ましてや、二人が住むこの場所は天界の中でも最も人間界に近いとされる海岸線ギリギリの位置にある。片翼の弟を天使族どうほうによる迫害から守るために姉であるラナルエル・ミッドナイルは弟と共にこの地に降り立ち、人間界を監視する役割を担うことを選んだ。では何故この地でこの役割を担うことが弟を守ることに繋がるのかというと、天使族の中でこの人間界の監視役という仕事は嫌われているからに他ならない。

そういった意味では煩わしいものがなくて快適な生活な訳だが、問題はいち早く人間界の異変を感知出来ること。どこが問題なのかと言われればそれはエミーユ・ミッドナイルにとっては都合が悪い、という話だ。


「…はい。そうですけど…何かありましたか?」


正直に言うとこれ以上話をしたくない。すごく嫌な予感がするのだ。


「みんなで海に行ってきましたよ。まぁ、帰りが遅くなったのはちょっと色々あったからですけど…」


「そう。そうよね。お友達と海に行くって言っていたわね。ええ、それは別に構わないの。ちゃんと事前に話を聞いていたから。でもね」


姉はそこで言葉を区切った。僕はその次に続く言葉を聞くべきじゃないと本能的に悟る。それでも姉の言葉を遮ることは出来ず、そのまま続きの言葉を耳にすることになる。


「貴方が地上にいる時に、大きな闇の魔力を感じたのよ」


その言葉に、ドクンと心臓が跳ねた。それに冷や汗も流れる。

まさか、彼女のこと…?


僕はなるべく表情を隠しながら「大きな闇の魔力って?」と尋ねると姉は「隠さなくてもいいのよ。地上にいた貴方は気づいているはずよね」と返す。


姉さんは、一体どんな答えを待っているのだろう。嘘はつけない、けどありのままを話してもいいのだろうか?


…僕は先輩に迷惑かけるようなことはしたくない。

ありのままに話すことは先輩に何か迷惑をかけることになるんじゃないかと考えて口籠もってしまう。そんな僕に姉はやっぱり何かあったのねと追及する素振りを見せてくる。


「エミーユ、どうして何も話してくれないの?何か話せない事情があるのかしら」


「それは…」


答えに困った僕の顔を見て姉はすぐに弟が何かを隠していると確信したようでさらに言葉を続けた。


「もしかして…人間界で定期的に現れるっていう魔女でも遭遇したのかしら?」


その言葉を耳にした時に肩がビクッと揺れる。姉は僕のその瞬間を見逃さなかった。


「エミーユ…魔女に遭遇したならどうして私に報告してくれなかったの?」


尚も黙り俯く僕に少々困った姉は質問を変えた。


「……ねぇ、もしかして魔女は貴方の身近な人だったんじゃない?だから報告しなかった。魔女が身近な人で、それも貴方にとっては大切な人だったから、とかかしら」


そう姉が言葉にすれば、僕はその言葉に反射するように勢いよくバッと青ざめた顔を上げた。その表情に姉は面食らってしまった様に見えた。


「…そう…。貴方にも、そんな人が出来たのね。…それは喜ばしいことだけれど、相手が魔女となると……」


難色を示した姉の態度に僕は弾かれたように椅子から立ち上がって声を荒らげた。


「もう魔女じゃありません……!!」


声を荒らげた僕の様子に姉は驚いた。そりゃそうだ。僕は今まで姉の前で声を荒らげたことは無かったから。


「あの人は、もう魔女じゃありません。…魔女は…消滅したんです」


「消滅…?ねぇ、エミーユ。海で一体何があったの?私には話せないこと?」


机の上に乗せた手に姉の手が重なる。ゆっくりと視線を手から腕、肩、姉の顔と流していくとそこには柔らかな笑みを浮かべるいつもの姉がいた。僕を案じてくれているのが伝わる表情だ。

僕は力抜けて椅子に改めて腰掛けて、少しだけ深呼吸をする。


それから、ゆっくりと海での出来事を話した。



☆☆☆☆


その日の夜。瞬く星と藍色に染まった雲海が天界に静かな夜を運んでくる。


家を出て、天界の海岸線から見える人間界を眺めた。

天界にも朝と夜があり、天界にはリアルタイムな人間界の様子を見ることが出来る海がある。任意のエリアを指定出来るので人間界を監視する際によく使われる方法だ。


そんな方法を用いて、僕はエラ先輩のいる学園を海面に映し出して眺めた。


「会いたいな…」


今朝まで一緒だったのにもう既に会いたくなっている自分に思わず苦笑した。少し冷たい夜風が体を抜けていく。それが何となく心地よい。


海面に映し出される学園を眺めながら今後のことを考えた。


…姉さんは魔女自体が消滅した今、早急に天使長に報告するつもりは無いと言ってくれたけど……。


先輩を危険分子と捉え監視をつけると言ってもおかしくない。ただそれに近いことはもうやっている。みんなで先輩のそばにいるという優しい監視だ。

けれどそれでは不十分だとされ、実際に天界が動いてしまったら僕はどうしたらいいんだろうか。


…先輩を傷つけるなんてことはさせない。だって…先輩は…。


エラ先輩の見せた笑顔が頭の中を何度もチラつく。その度に胸が締め付けられるような甘い痛みを覚える。

そうして僕がひとり思いを馳せていた時だった。


「うわっマジかよ!?マジで帰ってきてんじゃん」


ものすごく不快な声が聞こえてきた。天界の中心部の方からやってきたのは思い出したくもない相手。


ーーそれは、生まれながらの片翼を一番馬鹿にしてきた相手。


この男のせいでそれまではただ遠巻きに見ていただけの天使達もこぞって僕を馬鹿にし、見下し始めた。片翼は不完全。真に気高きものは多くの翼を有するものだ、と騒ぎ、僕が冷遇されるきっかけを作った相手。


「落ちこぼれの能無しが、天界に足踏み入れんなよなー」


そうニヤニヤとボヤきながら近づいてくると男はエミーユが見ていた人間界が映し出された海面を足で蹴ってかき消した。

男の翼はどこかくすんだ色をしている。白いように見えて、決して純白でない色。天使族には身につける装飾品の数や大きさで位を分ける習慣があるのだが、この男はどうやらそれなりの地位にいるらしい。そこそこに大振りな装飾品を身につけていた。


…顔も見たくないってのに…わざわざここまで来なくてもいいじゃないか。


かつての僕はこの天界で冷遇されている間、いつも姉に守ってもらっていた。


髪を切られた時も、

翼をちぎられそうになった時も、

昇級試験でわざと失敗するように仕組まれた時も、

僕の食事だけぶちまけられたりした時も、

パシリのようにこき使われた時も。


自分だけでは何も出来なくて、片翼だから仕方ないんだって思い込んでいた。

それも全部幼い頃からこの男に刷り込まれたものだ。


…なんでこんな男が怖かったんだろう。


こちらをニヤニヤしながら見てくる男、かつての同級生であり、いじめっ子だったザガギルズという名の天使を僕は軽蔑する目で睨んだ。


天界にいた頃はこのザガギルズが怖かった。僕と違って両翼だったから、片翼の自分では勝てないと。


「人間界に行ったって聞いてたけどよ、しっぽ巻いて逃げてきたってか??くははっ!!ウケるなっそれッ…!!」


ギャハハと下品に笑う男に、僕はどんどん冷静になっていく。ただ、小心者が虚勢を張っているようにしか見えなかった。


片翼であるというだけであの男を中心に天使達は僕に冷たい視線を向けた。まるで汚いものを見るかのようだった。

その視線を、気持ち悪さも恐怖も、今でも覚えている。近づかれるだけで全身が強ばったし、ジロジロ身体に穴が空きそうなほど蔑んだ視線をぶつけられた。その度に吐き気がして嘔吐したことだってある。


だけど…。


『誰かを貶めるような天使よりも、落ちこぼれと言われ貶められても相手を憎まず真っ白な翼を持ち続けている無垢な貴方の方が好みだわ』


彼女はそう言ってくれた。


『誰にでも優しくて嘘が嫌い、そして誰かを恨まぬ真っ白な片翼の天使様。これ以上に純白と謳われるにふさわしい天使は他に無いと思うのだけど?』


今の僕には僕を認めてくれた女性ひとがいる。それも、僕にとって大事な人。


そんな大好きな人が自分のコンプレックスを受け入れてくれてそれを気高いとも言ってくれた。こんな幸せなことってきっと他にないだろう。

そう思えばこそ、今はもうこの男の言うことにも存在にも恐怖は感じない。


「…おい。何さっきから無視してんだよ!落ちこぼれのくせによ…!!」


バッ!と勢いよくザガギルズの腕が伸びてくる。 不愉快だった。


パシン…!!


「んな…ッ!?」


僕の肩を無理やり掴もうとしてきた彼の手を払い除けると、ザガギルズは心底驚いた顔をした。

きっと彼は僕が手を振り払うなんて行為をするとは思っていなかったんだろう。確かに、学園に行く前の僕だったらただ肩を掴まれて脅迫されていたことだろう。


だけど。


「お前…ッ…。何…何、俺の手を振り払ってんだよ…!?」


信じられないといった表情でわなわなと肩を震わせるザガギルズは声を荒らげる。


「何調子こいてんだよ!落ちこぼれのくせによ!!」


彼がそう叫びながら腕を振り上げる様に僕の脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。

ザガギルズを中心としたクラスメイト達は片翼でしかない僕に乱暴なことをしてきた。それはまるで片翼はただのガラクタでしかないような扱い。だから殴ったっていい。そんな世界だった。


そんな記憶が蘇って、一瞬だけ足が竦んでその場から動けなかった。


ーー けれども次の瞬間に頭を過ぎったのはエラの笑顔。

お菓子を作る趣味があると話した時に彼女は笑顔で食べてみたいと言ってくれた。リチア先輩だっていつも笑顔で迎えてくれる。二人だけじゃなくて、学園で出会った人達は一緒に笑ってくれる人達で、何より片翼の姿を見せても卑下することも落胆することもなかった。


それは僕にとっては光だ。


「何黙ってんだよ!!!この片翼のうなしが…!!」


ザガギルズの拳が眼前に迫った時、その怒号が聞こえて我に返った。咄嗟に彼の拳を避ける。


「チィ…!!」


ブンッ…!!と振り被った拳を避けられたザガギルズは余計に腹を立てたようだったけど、僕にはもう彼が恐怖の対象じゃなくなっていた。


右、左と交互に繰り出すザガギルズの拳を風が抜けるかのごとく受け流しくるくると舞うように避ければそれは男の神経を逆撫でする。けれど彼の拳が僕に当たることはなかった。


「ちッ…!!なんで当たらないんだよ…!!」


「当たるわけないじゃないですか。君なんかの攻撃じゃあ」


「はぁ??何調子こいてんだよ」


ハァハァと息を切らすザガギルズの姿は滑稽だった。そりゃそうだ。彼は闇雲に拳を振り回しているだけ。それはキースの剣術にもイオニコフの魔術にもイドラの体術にも到底及ばないレベルだ。リチアの弓術にだって及びやしない。

それにあの黒衣の魔女と一戦交えた後ではザガギルズの拳なんて赤子の手をひねるようなものでしかなかった。

そんな風に感じたことに僕は思わず笑みを浮かべると、それが彼には嘲笑っているように見えたらしくさらに激昂する。けれど、僕には子供が癇癪を起こしているようにしか見えなかった。かつて彼に感じた恐怖はもうどこにもなかったのだ。


「…ねぇ、一体いつまで続ける気?」


いい加減ザガギルズに付き合うのにも疲れて僕はそんなことを口にした。

なんせかれこれ三十分が経つ上、拳では歯が立たないと考えた男が次の行動に移したのは魔法を使ってエミーユをこてんぱんにすることだったのだ。だが、それでもその攻撃は避けることになんてことないくらいで、どうしてこのレベルで驕っていられるのだろうかいう感じだ。そんなものだから僕も避けるだけでは飽きてくる。いい加減、諦めてくれないかな。


「くそ…っ!!なんでだよ…っ!?なんでこんな片翼のうなしに…!!」


悔しさを滲ませた声でザガギルズが地面を拳で叩いた。かすり傷ひとつつけることの出来ない己に不甲斐なさを感じているようだ。


「…はぁ…。もういいかな?僕、そろそろ家に帰ろうと思うんだけど。それに、今の君じゃ僕には勝てないと思うよ」


呆れながらそう言うとザガギルズに目が血走った。まぁ、怒るだろうなと思って言ったから想定内だったけれど、そこでひとつ想定外なことが起こった。



放射線状ガンマ光一閃レイ



何処かから声が聞こえたかと思うと、突如、空から光の一閃がザガギルズのいる辺り一体に降り注ぐ。


「んなっ…!?」


ドドドドド…ッ!!!と目の前に次々と降り注ぐ光の一閃にザガギルズはその場で腰を抜かすことになり、その光景に僕も面食らってしまった。


そんな様を呆然と眺めていると暗がりから現れる人影が見えた。その人物を目にした僕は驚いた。


「ね、姉さん…!?ど、どうしてここに…!?」


ゆらゆらと髪をなびかせながら歩いてきたのは姉のラナルエルだった。


「あなたの帰りが遅いから心配して探しに来たのよ。夜風に当たってくると言って出ていったきりなんだもの」


「あ、ご、ごめんなさい…」


少し出てくるだけのはずがザガギルズに絡まれてしまったので予定以上に時間を食ってしまったらしい。それで心配をかけてしまった。


「それで、一体、何があったの?エミーユ。魔法を使った痕跡があちこちにあるけれど…」


頬に手を添えて困ったような笑みを浮かべる姉に、ザガギルズに絡まれたことを話した。


無意味にも絡んできたのだとわかったラナルエルがザガギルズに灸を添えたのは事の経緯を話してすぐだった。正直な話、ラナルエルとザガギルズでは実力差がありすぎた。圧倒的な力の前にかつてのいじめっ子はしっぽを巻いて逃げていったのだ。僕にはそれがなんだか滑稽に見えたのは言うまでもない。



☆☆☆☆


翌朝、朝食の後で姉が口にしたのは魔女についてだった。


「姉さん…その話は…」


「まぁ、聞きなさいな。あなたの話だと魔女は浄化されたのよね?」


「うん。実際、先輩の魔力の色は以前より戻ったし…ただ…」


「ただ?何か気になることでも?」


「うん…」


エラ先輩の魔力の色は戻った。だけど闇属性のままなのは変わらない。それに…。


「気になることがあるなら言ってみなさい」


あくまでも柔らかな笑みを絶やさない姉の雰囲気に後押しされ、僕はずっと引っかかっていたことを口にしたのだった。





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