第十六夜 ①ー5
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林間学校。百年前にもあったイベントだ。だが、イオニコフが在籍した年、それがまさに天地戦争の真っ只中だったため行われることはなかった。だから今回は参加を申し出たのだ。幸いリチアやキースもいるし、エラも参加するようだったのでこのイベントを機にエラともう少し仲良くなれるかもしれない。そんな事を考えていたのだが、実際には彼女一人で宝探しに行ってしまった。手分けして探すこと自体は賛成だったが単独行動には反対だったイオニコフはリチア達と行動を共にしながらもどこかエラの気配を探っていた。近くに感じれば偶然を装って会えるかもしれない。本当は後からついていけばよかったのだが、単独行動を希望する彼女に無理についていって拒絶されるのが嫌だった。彼女が誰とも親しくしないことは知っていたから。
それでもまぁ、ゲームが終わる頃には合流出来るだろう。それくらい簡単に考えていた。
けれど、すべてを集めたリチア達の前にエラが現れることはなかった。誰も連絡先を知らないから迎えに行くことも出来ない。そんな空気のままゴールである広場に向かおうと歩き始めたイオニコフ達の先で、広場にとある喧騒が訪れていた。
「魔女が、魔女がでたああああああ」
そんな金切り声が耳をつんざいた。完全にパニックを起こしているようだ。先に広場に戻っていた生徒の中にも動揺が拡がる。
「魔女…?魔女がこの辺りに出たって事でしょうか?」
「いや…近年は魔女の存在は確認されていないんだが…」
パニックになっている数名の生徒を離れたところから眺めながらリチアとキースが話す。その横でイドラ・ハンニバルが眉間に皺を寄せながら生徒達が走ってきた森の方を睨んでいた。
…魔女…?でもこの時代に魔王の動きはないんじゃ…?
魔王と魔女の存在はセットだ。もし本当に魔女が光の世界に現れたとしたのなら、それは魔王側が動きを見せたということになる。
…確かめた方がいいか。
イオニコフが詳細を確かめようとした時、とんでもないセリフが聞こえた。
「あの女だ…!!あの灰かぶりが魔女だったんだよ!!!!」
思わず叫んだ生徒の方を振り向いた。何か腕を差し出して見せている。
「ほら…!あいつのせいでここが色が変わって…!!…あ?」
三人、それぞれが体の一部を指差すが、そこには何もない。ただの皮膚があるだけだ。それでも彼らは騒いだ。
「ほんとなのよ!!!あいつが黒い魔法使ったのよ!!!」
「あの女、灰かぶりに殺されかけたんだ!!!」
そう必死に訴える彼らは確かに傷だらけだった。何かに襲われたのは確かだろう。だけどそれをやったのを灰かぶり、エラとは限らない。そうイオニコフが思っても広場に集まる生徒達の中では魔女であるかどうかは曖昧なまま、それでも襲ったのは灰かぶりだと決めつけが広がりつつあった。
この事態に教師も鎮静化しようと動き出したがすぐに収まるものではない。声は「灰かぶりが魔女だ。断罪しろ」といった風潮を作り出す。
イオニコフはこういった風潮が危険なことはよく知っている。
「…え、エラが何かしたっていうんですか?」
リチアが震える声でそう呟いた。青ざめた様子を見るに彼女はエラが人を襲うような事をするとは思っていないようだ。キースも同様のようで教室の隅で本を読んでいるだけの女の子が、落ちこぼれと言われた弱い魔法しか使えない女の子がそんな芸当出来るわけがないといった感じだろうか。
「あ、ああ…。そういう話らしいが…だが…」
「エラは…そんな事するような子じゃないはずですよ?物静かだし…礼儀正しい子です」
そんな会話が耳に入ってくる横で、エラに襲われたと騒ぐ声は止まない。
…五月蝿いな。
教師が落ち着かせようとしても騒ぎ続ける生徒に苛立ちを覚えた。イオニコフはうるさい声を黙らせる声を発した。
「彼女に人を呪えない。日頃の行いが悪い人間に罰を下すとすれば精霊達だろう。キミ達は普段から特定の人間を虐めていたんだろう?素行が悪いと呪われることがある。それじゃないのかい?」
騒ぎ立てる生徒達の間に割って入ったイオニコフはそう宣言した。英雄イオニコフがそう声をあげたことで後ろめたい人間達は黙るしかなくなった。それは広場に集まったほとんどの生徒達であって、それはエラがどれだけ多くの人間に虐められていたのか如実に表していた。この事にイオニコフはさらに苛立ちを覚えた。
…どうしてこの平和な時代に誰かを傷つける必要があるんだ。何故よってたかって虐めなんて出来るんだ。
誰もが明日を生きるために手を合わせる事を選んだ百年前、魔族であっても光の世界を望んだ一部の種族達とは手を組むことができた。それなのに。
イオニコフは怒りを胸に秘めたまま、反発するようにギーウィを口笛で呼び森へと姿を消した。未だに姿を見せないエラを捜しに。