第十六夜 ①ー4
☆
模擬試験の後、イオニコフは模擬試験時に覚醒した聖女がいるクラスに顔を出した。そこでリチア達と話すようになる。今世の聖女と騎士団の息子、そして幼馴染という関係の二人。イオニコフには幼馴染はいなかったからそういう関係に憧れていた面がある。そんな感じだったからか彼女達と一緒に過ごすのは楽しいものだった。
「イオニコフ様は百年間、眠っていらしたのでしょう?伝承によれば光が闇に覆われるとき英雄が目を覚ますと書かれていたそうですが…」
教室で席に座っていたリチアが席の前に集まるイオニコフに話し掛ける。
「今、騎士団でも魔王軍が攻めてくる兆候は確認しておりません。となると、一体、何故貴方がお目覚めになられたのか…」
…伝承、ねぇ。
リチア達の話を聞いたイオニコフは呆れたように心の中で呟いた。随分と都合にいい話だ。人の人生を奪っておいて…。
そんな風に思った時、視界の端に教室の一番後ろの窓際の席で空気のように周囲に溶け込んで本を読んでいるあの少女、エラが座っているのが見えた。ひとりぼっちだ。
「…ねぇ、あそこで一人で座ってるエラってさ、どんな子だい?」
イオニコフに問われてリチア達は首を傾げた。いまいちわからないといった反応だ。
「あまり話したことはないんです。何度か話したんですけど、いつも早々に話を切り上げられてしまって…」
しょんぼり項垂れるリチアにキースも一緒になってしょんぼりした顔をする。
…そっか…この二人とも関わらないってことは権力に媚びる子じゃないってことか…。
リチアもキースも学園内では有名なので寄ってくる連中のレベルも知れている。ごますりが好きなやつばっかりだ。それはイオニコフ本人もその立場にある人間で、集まってくるのは「英雄」が好きなやつか媚売っとこうとするやつらだ。純粋にイオニコフ本人と関わりたいという人間はほとんどいない。
もしかしたら面倒ごとがごめんなタイプなのかもしれないが、エラのように媚びない相手は純粋に嬉しい。一体、どんな子なのか。興味を惹かれるには十分だった。
次に彼女と邂逅したのはそれから数日後。昼休みの旧校舎でのことだった。
昼休みに現れた彼女はまた一人だった。購買で買っただろうパンを抱えてやってきた。
…また一人だ…。
それを旧校舎の窓から眺めた。どうして彼女はここにやって来るんだろう。ここには人避けの魔法が掛かっているのに。
百年前の人々に良い感情は抱けない。それでも今の学園の生徒達はあの日守った光の世界の未来そのものだ。そう思うと、少しだけこの時代に関わってみようかと考えられた。だから今一番不思議に思う彼女と関わってみようと、彼女の前に姿を現してみせた。しかし、初対面時の印象とは違い冷たい態度を取られるだけだった。
「ねぇ、ギーウィ、あの子が言ってたことってどういう意味かわかるかい?」
ー 私は灰かぶり。誰も当てにはならないと、知っているだけですわ ー
去り際にエラが吐いたセリフ。部屋に戻ったイオニコフはその言葉の意味を探していた。
「灰かぶりって…あの物語のことかな?」
ぱすんぱすんとしっぽで床を叩いて返事をするギーウィは首を横に振ってみせた。
「違う?じゃあ、なんだろう…」
硬いベッドに寝転がりながらイオニコフは考えた。なんとなく大雑把にだが彼女は普通の人とは違うと感じていた。今にして思えばこの頃から彼女の正体を感じ取っていたのかもしれない。だが、この時点では変わった女の子といった印象が強く、正体について勘づいていくのはまだ先のこと。
後日、「灰かぶり」とは虐められているエラを指す蔑称だとリチア達に教えてもらい、そこで改めて虐めが続いている事を知ることとなった。