第十六夜 ①ー3
「まさか、ボクを知る人間が生きているとはね」
出された紅茶を飲みながら来賓用のソファーに腰掛けたイオニコフがそう話した。
「ええ、貴方がお眠りになられてからすぐ、私も眠りにつきました。ですが良くて五十年。…そういった理由からすっかり歳を取ってしまいましたよ」
ドルイードは対面に座ってそう苦笑した。
彼との出会いは百年前。この辺りが戦火に呑まれる少し前のことだった。学園の補助的業務を受け持つしたっぱの好青年だったドルイードとは少しばかり話したことがあった。彼の家の家系は王国直属ではないけども騎士団を含んだ記録係を担う一族で、国の歴史に関する書物はだいたい彼らの編纂である。
「確か…ドルイードのところは編纂に当たるものはその真実性を高めるために自ら仮死状態の眠り魔法を使うんだったね」
「ええ、そうです。無理矢理寿命を伸ばしているようなものですが…それでも過去と未来で錯綜する情報を取捨選択し真実のみまとめ上げるためですから」
「その覚悟には称賛を送るよ」
「何を仰いますか。貴方様こそ後世に魔王が仕掛けてくるか見守るために眠りにつかれたではありませんか。あの時代の思い出とも決別してまで。その覚悟、本当に尊敬致しますよ」
ドルイードの言うようにイオニコフが眠りについた理由はそこにあった。魔王は常に光の世界を狙っている。それがわかっていたので英雄となったイオニコフが後生での魔王軍の侵攻がないとも言えない時代に残ることが当時の人々の救いだった。いや、もっと正確に言えば人身御供として英雄を捧げようと考えたのだ。
傲慢だ、と思う。ドルイードと話していて当時の事を思い出す。と言ってもイオニコフにとっては昨日の事のようで人生のすべてを捨てさせた彼らを恨んでいないとは言えない。家族も戦友達とも切り離されたのだから。
「して、この時代には魔王が攻めてくる兆候は今のところありませんが、今後はどうされる予定で?」
眠りにつく時の光景を思い出していたイオニコフは急に現実に引き戻された。そうか、この時代に魔王が攻めてくる話は出ていないのか。平和ならそれはそれで良かったのかもしれない。だけど、それなら何の為に眠ったんだろう。
「…そうだなぁ…。魔王の危機が無いなら…せっかく起きたし…この世界の散策でもするかなぁ」
さほど興味無さそうにそう言った。そんなイオニコフを見てドルイードは申し訳なさそうな顔をした。