第十六夜 ①ー2
☆
「また来てるねぇ、あの子」
今日も今日とてこの人の寄り付かない旧校舎の開けた場所で不毛な魔法の練習をしている少女エラを窓から眺めるイオニコフは少し楽しそうに口元を緩めた。
誰も来ないはずの場所で使えもしない魔法の練習をしている彼女を観察するのが目覚めてからの楽しみになりつつあったイオニコフは、再び招き入れることはしなかったものの見守っていた。
そんな彼をギーウィも興味のない振りをしながらもしっぽで気のない返事をした。
「…ねぇ、ギーウィ。あの子…もしかして自分が魔力を封じられているってこと、知らないんじゃないかい?」
腕を組んで窓に持たれるようにしてその光景を見ていたイオニコフが呟いた。目覚めてからイオニコフは旧校舎を出ることなく留まっている。なんとなく外の世界に踏み出す気になれずにいた。
百年。色んなものが変わっただろう世界に興味が湧かなかったし、誰もまともに自分を知ることない世界を何処か冷めた目で見ていた。
それでもこうして窓越しに少女を眺めていると話をしてみたくなってくる。実に賑やかな少女だった。話し掛ければまた賑やかになるんじゃないかと思う。なんとなくそんな気がしてきてイオニコフは彼女と話すきっかけを探し始めた。
それが、あの模擬試験の日だった。
ギーウィの背に乗り模擬試験を眺めていた。それは純粋に今の学園に通う生徒達のレベルを知りたかったというのもある。イオニコフが在籍していたのは百年前。それも天地戦争という戦争真っ只中。実践レベルが生死に関わった時代だった。それが今の平穏な世界でどういった風な教育が行われているのかという興味でもあった。
そこで、あの少女が魔法が使えないなりに体術で応戦している姿が見えた。明らかに公平性に欠ける試合。その上、相手の生徒は彼女を傷物にすることが目的に見えて、それがイオニコフを不快にさせた。このかつての生徒や騎士団達が築き上げた平和な世で、故意に他者を傷つけようとする生徒に腹を立てた。魔法は守るために使うのであって誰かを傷つける為のものじゃない。
「ギーウィ、彼女に手助けするのは違反だと思うかい?」
「グルルルルルル…」
威嚇のような音を出したが、イオニコフにはそれがどういう意味の言葉となるのか判る。
「ああ、そうだね。キミも、ああいうのは嫌いだったね」
ニヤリと不敵に笑い、イオニコフはギーウィと共に模擬試験会場の上空をわざと横切ってみせた。そして、エラの前に降り立ち、最後に彼女の封じられた魔力の鎖を第一段階だけ外した。それがあの夏の夜の悪夢に繋がるだなんて知る由もなかった。