第十五夜 ⑨
その為にはまず、エラには彼を意識してもらわないといけない。だから外から突っつくことにした。
「だって、エラってばイオ様が自分の口で伝えたりアプローチしても気付かないか、そんなはずないって目を逸らしちゃうでしょう?」
リチアにグサッと図星を指されたエラはぐうの音も出なかった。
「ぐふ…」
心の中で吐血したエラにリチアはさらに言葉を続けた。
「貴女も立場上、簡単な話じゃないのはわかってる。だから警戒だってするし身構えてきたのもわかるわ。でもね、エラ」
リチアは対面に座るエラの手を握って訴えかけるように、
「貴女だって、幸せになっていいはずよ」
と、伝えた。その言葉にエラは大きく目を見開く。
「エラにだって独りではなくて誰かの隣で、一緒に幸せになれる権利があるはずよ」
リチアが言葉を紡ぐ度にエラの全身を暖かくて甘くしびれるような感覚が駆け抜けていく。
「…私でも…幸せになっていい…と…?」
「もちろんよ!ダメなわけないじゃない!」
満面の笑みで肯定してくれる。力強い肯定にエラは嬉しくなって自然と笑顔になっていく。心の重荷が溶けていくような感覚。
…そうか…このリチアはエラの幸せを願ってくれるのね…。
そんなことを考えたことがなかった。リチアは主人公だからエラをまたないがしろにするんだと思い込んでいたからだ。
あの夏の悪夢の二日間から驚くことばかり起きている。魔女を浄化したことも死亡フラグのひとつを折れたことも、こうして皆が周りに居てくれることも。
何度も思い返す。不安で立ち止まってキョロキョロしてしまう自分を皆のいる所に引っ張って行こうとしてくれる。
だからこそ、絶対にこの先の死亡フラグだって叩き追って行かなければならない。エラは改めてそう心に決めた。
馬車はその後も学生寮に向かってガラガラとタオヤを軽くバウンドさせながら走り続けた。並走するイオニコフとギーウィも付かず離れずの距離を保ってついていく。時折、馬車の方を愛おしそうに見守った。
☆
エラ達を寮まで送り届けた後、旧校舎に作った寝室に戻ったイオニコフはベッドの上にポーンと体を放り投げるように倒れ込んだ。
「あー…。やっぱりこのベッド硬いよギーウィ…」
寝心地の良くないベッドよりもギーウィの方が寝心地がいい、とベッドの横で丸くなっていたギーウィの体と翼の間に潜り込んで横になる。ギーウィ自身も満更でもないようで翼を布団のようにイオニコフにかけてくれる。
「ねぇ、ギーウィさんや」
ギーウィにもたれるように横になったイオニコフが不意に口を開く。ギーウィは頭を床に降ろして眠たいのか半目にしながら聞き耳を立てる。返事は尻尾でしてくれるようで、ぱすんぱすんと床を軽く叩いて音を出す。
「…どうすればエラはもっとボクを見てくれるんだろうね…。キミはどう思うかい?」
ぱすんぱすん。
「彼女は…難しい立場なのはわかってるけど、やっぱり見て欲しいなぁ」
ぱすん。
「どうしたらいい?…どうしたらボクは特別になれるんだろう」
ぱすんぱすん。
「うん…。最初の頃よりは話してくれるし頼りにしてもらえてると思う。抱きしめても嫌がられないしね!…でもさ…」
イオニコフはそこで黙り込む。どうしたのかとギーウィが頭を持ち上げて自身の体の前足と後ろ足の間に埋まるように横になっているイオニコフの方に首を曲げて覗き込む。そこにはくぅくぅと寝息を立てて眠る彼がいた。
ギーウィは猫が丸まって眠るような体勢でイオニコフを支えながら眠りにつく。寄り添って眠る夜は暖かい。