第十五夜 ⑧
「え?」
ポカンと口を開けたエラの表情を見てリチアはクスクスと笑う。
「模擬試験よりもずっと前、春休みの時から貴女のことを気に掛けていたそうよ」
それを聞いたエラは目を見開いて驚いた。
…春休みから…!?な、何で…?
「どうして?って顔してるのね。…理由は、百年眠って目覚めた最初に出会ったのが貴女だったからだそうよ。誰かの力を借りることを知らない不器用な子。…春休みからずっと貴女を見てたの、イオ様って。それにどうして彼が必要のない授業に顔を出していたか、思い当たる?…それはね、エラのことが気になっていたからだって。彼も私も貴女が執拗に虐められている事は知っていたの。誰かが側にいれば標的にならないんじゃないかと思って貴女に近づこうとしても、貴女はいつもどこかへ去っていってしまう。その先で虐めを受けても貴女は泣き言ひとつ言わない。それに…助けてくれとも言ってくれない」
徐々に寂しさを滲ませた声になる。暖かな笑顔に見えても向けられるのは悲しい、寂しいと言った悲痛な笑み、視線。
エラの心臓はどくんと跳ねた。
「イオ様はずっと貴女を心配してたの。けど、貴女に望まれていないのに表立って助けることが出来ないって言っていたわ。何度、話をしても突き放されてしまうって」
…イオニコフはずっと見守ろうとしてくれていたの?私を?
エラの胸が熱くなる。じんわりと全身に広がっていくぬくもり。
「エラのことが気になって話しかけに行くのに、いつも私の方は…リチアの方は良いのかって突き返されるって悩んでたわね」
ちょっぴり意地悪そうに話すリチアの言葉がエラの胸にグサッと突き刺さる。身に覚えがありすぎる。
「で、でも、何故イオ様はそこまで私のことを気に掛けたんですの?別に親しくはなかったはずですわ」
「ええ、確かにそう。でもエラから会いに行ってたじゃない?旧校舎。あそこに踏み入りたがる人間はいない。そういう結界が張ってあるからだそうだけど、それでもエラは何度も通っていたでしょう?それがイオ様は嬉しかったんじゃないかしら。だって本当なら誰も近づかない場所に貴女は来てくれたんだもの」
「私も行ってみようとは思えなかったもの」 と、そう笑うリチアにエラは疑問が浮かんだ。
「あの、何故そこまで詳しく知ってるんですの?イオ様がそうおっしゃっていたんですか?」
「ええ、そうよ。相談を受けていたの」
あっさりと返ってきた答えにエラは拍子抜けした。
…そ、相談…?攻略対象が、主人公に??
早い話が初めの方ですでにあべこべだったということだ。彼らの心はシナリオなんかに捕らわれていなかった。だとしてもまだ納得しかねることがあって…。
「あと、その…今日もそうでしたけど、何故私は本人からではなく周りの方々からそういった話を聞くことになりますの?普通は本人の口からではないですか??」
エラは頭に手を当てながらそう言った。
だって恋愛漫画とか乙女ゲームでだって本人が言ってないことは「本人の口から」が多いじゃないか。それなのに何故彼女はこうもペラペラ話すのだろう。そうしてくれと頼まれた訳じゃあるまいし。
頭を抱えたエラを見たリチアは少し申し訳なさそうな顔をして、一度窓の外を並走して飛ぶイオニコフとギーウィへと視線を移した。窓にイオニコフの横顔がうっすらと反射して映る。
まっすぐに先を見つめるイオニコフの横顔は風になびく漆黒の髪もあいまっていつまでも眺めていられるくらい美しい。けれど、リチアの目に映るのはいつだってエラのことを気にしていた学園での彼の姿だ。元々彼女を気にしてはいたけど、それが加速したのは林間学校での宝探しの後だったように思う。
ずっとエラを気に掛けるイオニコフを側で見てきたリチアには間に入れないことくらい判っていた。きっとどれだけ美人な女の人であってもイオニコフの視線を奪えない。彼自身が自覚するよりもずっと前から知っていた。
だから、上手くいって欲しいと思っている。