第二夜 ③
…彼は確か学年主任の先生…。ゲームじゃ立ち絵も無かったっけ…。あんな顔してたんだ…。
ぼんやりとそんな事を思った。だが、すぐに我に返った。
…いやいや…!!てかこれ何事!?なんでこんな事になってるの!?こんなのゲームになかった…。
こうなってくるとこの先の展開が読めない。イオニコフが模擬試験に乱入するなんて…。
「これはこれは、ドルイード先生。お久しぶりです。お元気そうでなによりですよ」
「はっはっはっ。まだこの命があるうちに会えて嬉しゅうございます。ただ…苦言ではありますが…今は模擬試験中です。試合中にこのように乱入されては困ります」
ドルイードはそう言ってイオニコフに退場するように促した。それを受けてイオニコフは頷く。だが、退場する前にくるっとエラの方を振り返る。
エラはドキッとした。
「そうそう。エラ、キミの魔力だけどね」
イオニコフがぱちんと指を鳴らす。すると、
パキン…!!
何処かで何かが弾ける音がした。その直後、エラの体の内側がぽわっと暖かくなるのを感じた。思わずエラは首を傾げて胸に手を当てる。
「全部の封印を解くのは難しそうだったんだけどね、第一段階だけ解除しておいたよ」
それだけ言ってイオニコフはひらひらと手を振ってエリアの外へ歩いていく。
「第一段階だけ…解除しておいたって…」
咄嗟にエラは同じようにエリア内で呆然と事の流れを見守っていた対戦相手の方を見やる。彼の後ろに三つの風船があった。
それは無意識のようなものだった。エラはゆっくりと手を掲げ男子生徒の後方にある風船に標準を合わせた。
…魔法の使い方は…わかってる。エラ自身のノートにたくさん書き込んであったもの。だから。
思いっきり手に力を込める。溜めた力を一気に解き放してあの風船を割るつもりで…。
エラのかざした手がこちらを向いていることに気づいた男子生徒は彼女が何をしようとしているのか、ピンと来なかった。だが、それが命運を分けた。
パンッ!
パパン…ッ!!
「んなっ!!?」
男子生徒が自身の背後を振り向く。そこにはあったはずの三つの風船が無かった。残ったのは微かな魔力。
しん…と静まり返った会場。
それはイオニコフが退場し、教師らと共に場外に出たとほぼ同時に起こった出来事だった。それ故、誰もが颯爽と現れた英雄に目を奪われエリア内で起こったその瞬間を目撃しているものはほとんどいなかった。
「…やった…」
エラ自身も少し呆然としていた。でも確かに今、目の前で起こったのは自分の魔法によるものだ。
…使えた。私エラにも、魔法が使えた!
思わずガッツポーズをしそうになった時、
「ズルだ!!!こいつ…ッ!今ズルをしたんだ…ッ!!」
男子生徒がそう叫んだ。
「な、何を言って…」
「だっておかしいじゃないか!!こいつは灰かぶりだぞ!魔法が使えない落ちこぼれだ!!さっきまでだって全然使えてなかったじゃないか!!それなのに!そこの変な奴が現れてから俺の風船が割れたんだぞ!つまりは、この灰かぶりじゃなくてそこの奴が俺の風船を割ったんだ!だからこれはズルをしたんだ!!」
ビシッ!と指でエラとイオニコフを交互に指す。はぁはぁと息を切らしながらそう叫んだ。顔は真っ赤に染まっている。相当頭に血が上ったらしい。だが、彼のこの行動は到底褒められるものでもない。
「無礼者!!!何てことを言い出すんだ!イオニコフ様がそのような不正を為さるわけがないだろう!」
「これは、由々しき問題ですよ。貴方、今、何を見ていたのです?彼女は確かに魔法を使いました。これを見なさい」
怒り心頭の男性教師の横で冷静に女性教師が男子生徒や会場全体から見えるよう会場の中央上空に先ほどまで撮影されていた各エリア事の試合の映像が映し出された。投影魔法の一種だ。
そこには確かにイオニコフが画面外に消えた後、エラの手のひら前に魔法陣が現れ、光が集まり拡散、発射される様が映っていた。男子生徒が呆然と突っ立っている姿もだ。
「あ…」
これには男子生徒も会場の生徒達もぐうの音が出なかった。
落ちこぼれのはずである灰かぶりのエラが魔法を使った最初の出来事となる。
この後、模擬試験は順当に進められ、キースもリチアも各々が勝利を修めた。その際、リチアは試合の最中に聖女の力を目覚めさせた。この事についてはゲームのシナリオ通り。ただ一つ違うとすれば聖女の力を目覚めさせる瞬間だ。本来であればエラの試合中、ぼろぼろになっていく彼女をみかねて祈りを捧げ、その力を開花させた。だから作中ではエラがリチアに懐いていくわけである。今回はイオニコフの乱入によりそのシーンは無くなったが、聖女の力そのものの開花シーンは無くならなかった。
つまり、エラの行動如何で変えられるシナリオと変えられないシナリオがあるということだ。