第十五夜 ⑦
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その日の帰り、辺りはもう夕暮れが迫る時間だったのでイオニコフがドラゴンのギーウィに跨がって、キースが馬車を出して寮まで送ると申し出てくれた。アイザックは一旦実家に寄ると言うので彼の家の馬車で帰宅した。
リチアとエラの二人はというと…。
二人とも馬車で帰ることにし、イオニコフがギーウィに乗って馬車と並走して護衛してくれることになった。
この事について馬車の中でリチアが「何故イオニコフと共にギーウィの背中に乗って帰らなかったのか」と聞いてきた。
ガタガタと揺れる馬車の中で向かい合って座ったエラにそう聞いてきたリチアは不思議そうな顔をしていた。それと純粋な興味だ。
「イオ様はその方が喜んだでしょうに」
「…それは、そうかもしれませんけど…」
二人とも先ほどまでの重たい空気を振り払うように関係のない会話を弾ませようとした。
「イオ様、少し悲しそうな顔をしてました。エラも、わかっているのでしょう?」
「わかっているのでしょう?」とは彼の気持ちのことなんだろう。今朝だってそんな話題を振ってきたことを覚えている。
エラは腰掛けて膝の上に乗せていた手にグッと力を込めた。簡単に言ってくれるが、立場上、そんな簡単な話だとは思えないでいる。
「…イオ様が…」
窓の外に映るギーウィに乗ったイオニコフを眺めながらエラはポツポツと話し出す。
「イオ様が、私を大切にしてくれていることは重々承知してますわ。気遣ってくださっていることもわかっております。けど…」
「…けど…?」
エラの言葉を待つようにリチアが語尾を繰り返す。
少し間を置いてエラは言葉を続ける。切ない表情で窓の外のイオニコフを見つめたまま。
「けれど、私は“灰かぶり”。いじめられっ子です。それだけじゃない…魔王に拾われた魔女…だった存在。…未だに闇属性の魔力を保有する女なんて厄介なだけですわ。それなのに、何故、大切にしようとしてくれるのか…まだわからないのです」
どうして彼は味方してくれたんだろう。英雄である彼が…。いくら死亡フラグを折るためにデートをしたり好感度上げをしたと言ってもあれだって彼からアクションを起こしてきたからだ。まるでやきもちを妬いているような…。
彼にとって友人であるリチアにだっていい顔したことはなくて、むしろ嫌がる態度を取ってきた。そんな態度に不満を募らせていたのは彼の方なのに、何故か彼は私を嫌うでもなく何度も構ってきた。
だから、どうしてなのかが、わからない。
何故、彼は私を大事にしてくれるんだろう。
息が詰まるような空気に痺れを切らしたエラは窓の外から視線を外してリチアの顔色を窺った。面倒くさいとでもいう顔になったかなと彼女を見たが、そこには花のような慈愛に満ちた優しくて暖かい笑みを浮かべる姿があった。その笑顔を見た瞬間、馬車の中が春のような穏やかな暖かさに包まれた気がした。季節は夏。残暑の厳しいこの季節に春の穏やかな暖かさなんて感じるわけないし、この熱い季節に暖かさなんて鬱陶しいことこの上ないはずだが何故か不思議と嫌なものではなかった。
それは肌で感じる体温ではなくて、心に感じる暖かさだったからだろう。
「リチア…様…?」
あまりにも暖かな笑みを向けられてエラはどう反応すればいいのか判らなかった。そんなエラにリチアが言葉を掛ける。
「ねぇ、エラ。貴女はどれほど前からイオ様が気に掛けてくださっていたか、知っている?」