第十五夜 ⑥
「魔王が赤子を捨てた家族への報復として一家惨殺するよう仕向けたとしてだ、エラを学園に送り込んだのもその一環だった可能性があると思うんだ」
「…まぁ、そうだな…。魔王は赤子を拾って育ててるわけだし、それがただの慈善事業じゃないのは間違いないねーだろーな。そんなら、原初の魔女を潜ませたエラを学園に送り込んだっつーのも反乱を起こすだけじゃなく新しい戦争のきっかけにする気だったのかもな」
頭の後ろをがしがしと掻きながらアイザックが話す。
キース、イオニコフ、アイザックと小難しい話をする横でリチアがきょとんとした顔をしていることにエラが気が付いた。何度も目をぱしぱしとまばたきさせて首を傾げている。
「リチア様?話についていけていますか?」
エラは思わずそう尋ねてしまったが、リチアはエラの目を見て首を横に振った。もしかしたら失礼な質問になったかと思ったが当たっていたようだった。
「えっと、簡単に言いますと、行方不明になった赤字の家族が殺されたのも、魔女の私を学園に送り込んだのも、すべて魔王の企みのひとつに過ぎず、その最終目的が再び天地戦争を引き起こすことなのではないか、ということですわ」
「戦争…魔王はそんなことを考えているって言うのですか?」
リチアの表情が不安げなものになっていく。それはこっちも同じだ。元の世界でも戦争なんてない時代に生まれ過去の事のように考えて生きてきたのだから、まさか転生した先でそんな展開になるとは思っていなかった。
自分で話した内容に急な不安が込み上げてきて冷や汗をかく。スカートを握りしめて青い顔をしているエラに気付いたイオニコフが彼女の手を優しく握った。エラは隣で手を握って不安を取り除こうとしてくれるイオニコフの存在をありがたいと思う。
リチアもキースが側に寄っていって彼女の頭を撫でた。リチアの表情が少し和らいでホッとしているのが見てとれる。
「…可能性はあるだろ。確か前の戦争では英雄さんの活躍で光の世界側が勝利を治めたんだったな?」
「そうだよ。ボクたちが勝ったんだ。だから彼らの領地は大幅に縮小された…って、そうか、それで仕掛けてきたって言いたいんだね?」
「そういうこった。百年前の敗因は英雄の存在だろ?だから確実に死んだだろう百年後の今、仕掛けてきたんじゃねーか?まさかコールドスリープしてて今目覚めてるなんて夢にも思わなかったはずだからな」
「…こーるどすりーぷ?ってなんだい?」
アイザックはそこに突っ込まれると思わなかった様で顔がひきつった。まずったという顔だ。エラ以外は頭にハテナを浮かべていたのを見てエラ自身も反応を間違えたと内心焦った。別にだからと言って深く追求されることはないが転生者ならではのミスが二人揃って出たので動揺してしまった。
「あ、いや、あんたって長い間眠ってたんだろってな。魔王もまさか死んでないなんて思わなかっただろーっつてな!」
なんとも微妙なかわし方でアイザックが強引に話を進めると、訝しげな顔をしながらもイオニコフも続く。
「…ん、まぁそうだね。それはそうだと思うけどさ…」
アイザックとイオニコフやキースが話す横でエラはリチアに話しかけた。
「あの、リチア様」
「え?あ、なに?エラ」
リチアは少し顔色が悪い。先ほどまでキースが側にいたからかまだ落ち着いてはいるようだが純真無垢な彼女には酷な話が多かったから気分が悪くなっても仕方ないだろう。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですわ」
「エラ…ありがとう。でもそれは貴女もよ?」
そう指摘されてエラは苦笑いをした。
「あ、あの…その…」
歯切れの悪いエラにリチアは首を傾げる。
「なぁに?エラ」
リチアは安心させるようにニコッと笑ってみせた。彼女の笑顔は不思議と気持ちを落ち着けてくれる力がある。それはきっと主人公だからだけではなくて彼女だからなんだろうと思える。
「その、ごめんなさい…。色々と巻き込んでしまって…」
エラが目を逸らしながらそう謝るのでリチアは大きな瞳をぱちくりとさせた。でもすぐにふわっとした柔らかい花が舞いそうな笑みを浮かべる。
「エラが謝ることじゃないわ。貴女は何も悪くないのよ」
彼女はそう言ってくれるが、魔女化の心配がなくなっても現状が大きく変わらないことに申し訳なさを覚える。それよりもきな臭い話になってしまってエラ自身も困惑しているところだ。
「でも…」
エラが口を開いた時、二人を呼ぶ声がして振り向いた。
キースが呼んだようで話を聞くと彼の兄が帰ってくる時間だという。まだ色々と中途半端ではあるが今日はお開きということになった。