第十五夜 ⑤
エラ、もといエラリア・シンディエルクの家族は惨殺されていた。没落した時よりも後になって殺されたということ。
「現状わかっているのは犯人は王国騎士団監視をくぐり抜けた強者だと言うことだ。現場の状態からして凶器に当たるのは獣の爪だ」
「爪?」
アイザックは首を傾げ、キースの話を聞いたイオニコフが思考を巡らせる。
「…獣の爪、それも王国騎士団の監視をかい潜った…か。それ、魔族が犯人なんじゃないかい?」
隣でそう断言したイオニコフにエラは耳を傾ける。ハッとしたように顔を上げた。
…魔族が犯人…?それって…。
「あの、シンディエルク公爵は没落するときに誰かに恨みを買ってはいませんでしたの?」
「いや、そういった話はなかったはずだ」
エラの質問にキースは首を横に振る。それを聞いていたイオニコフが何かを閃いたように口を開く。
「…ねぇ、キース。他の魔女候補達の家族はどうなったんだい?」
「あ、ああ…。確かほとんどが既に死亡している」
キースは淡々とした態度でそう答える。元々表情が固くてわかりにくいタイプの人間だが、今はさらにわかりにくく無表情なままだ。それは彼が感情を隠しているのかなんなのか。
「死因は?」
鋭く射ぬくような視線をキースに向けて質問したイオニコフはエラを気遣って彼女の肩に手を置いた。
彼はあの悪夢の二日間以降、こうして手を差し伸べてくれる。側に寄り添おうとしてくれるのだ。エラはそんな小さなことが嬉しく思う。こういった一面は原作での彼と良く似ている。ゲームとは違い自分の意思で生きているのだとしてもこれが彼なのだと実感する。
「死因はまだ不明なもの多いですが…」
「何故、死因が不明なまま放置してるんだい?」
「いや、あの、死因はシンディエルク公爵家と同じ獣の爪です。ですが八つ裂きにされており、中には腹を貫かれていたりと…」
キースの口から出される言葉にエラもリチアも血の気が引いた。話の途中からリチアは自分で耳を塞ぎ、エラの耳もイオニコフが手で塞いだのでその続きが何と語られたかは判らなかった。ただ、聞いていたアイザックもイオニコフもその表情から察するに相当凄惨なものだったのだろうと見てとれた。
キースが語る内容にイオニコフもアイザックも険しい表情になる。正直、乙女ゲームの世界でそんな凄惨な話を聞かされることになると思っていなかったエラはここが本当にただのゲームの世界ではないと痛感した。その上、この世界には魔物がいるのだから身の危険度はこっちの世界の方が上だ。
…魔物?
エラは何かが引っ掛かった。さっきイオニコフも言っていたが犯人が魔族ではないのかと。魔女候補になった子供達の家族が魔族によって殺された…?
「そっか…そういうことなのね」
エラがポツリと呟くとイオニコフが反応を示す。
「エラ?何の話だい?」
彼がそう声を掛けたのでアイザック達もエラの方を見た。視線に気付いたエラはイオニコフが塞いでくれていた手を外し、座っていた席から立ち上がって口を開いた。
「考えてみたのですが、ただの魔族の仕業ではないのでは?これは魔王による差し金があったと考えるのが妥当ですわ。エドワルド様、その観点からの調査はなされませんでしたの?」
そう確認するエラにキースは驚いたような顔をした。さっきまで青ざめていたのにも関わらず今は堂々としている。その姿を見たキースは彼女がただのか弱い女性ではないことを知る。
「もちろん、その可能性は考えられたので調査は行われたが決定的な証拠は得られなかった」
「そう、でしたか…」
…王国騎士団ですら証拠を押さえられない相手となるとまず魔王が犯人で間違いないわ。多分、赤子を捨てたことに対する魔王からの報復だった。でも、かつて人間と争った魔王が何故そこまでするのかしら?
頭を抱えたエラはひとまずアイザックと話す時間が欲しくなる。もしかしたら外部情報に手掛かりがあるかもしれない。
そうエラが考え込んだ横で、
「キース」
と、机を囲うように立っている全員の顔を窺ってからイオニコフが彼の名を呼んだ。皆、あまりいい顔色ではなく、その中でも胸くそ悪いと言いたげなアイザックの表情がやけに目に入った。
「何でしょうか?イオニコフ様」
「改めて、調査してくれないかい?」
イオニコフはそう訴えた。