第十五夜 ①
キースの実家で集まった日、魔族やエラの出世について調べる傍らリチアがとある物語の本を見つけた。頁をパラパラとめくる。
「懐かしい…」
リチアが唐突に話し出す。
「何がですか?」
エラはリチアの呟きに反応する。
「エラはこの本を読んだことはない?」
リチアはそう言って持っていた本を見せてくれる。本のタイトルは「灰かぶり」。一瞬、エラがよく知る物語である「シンデレラ」の事かと思ったがリチアが話すあらすじでは似ているようで細部が違うようだった。
「灰を被るほど貧しい女の子が王子様と出会って結ばれるお話。女の子は孤児院の子で一緒に暮らす子にいじめられて森に置いてきぼりにされてしまうの。そうしたら森の魔女に捕まってしまって…。その時魔物の討伐に出ていた王子様が魔女を倒して女の子を救ってくれるの…。でもね、女の子はみずぼらしい自分の姿が情けなくてすぐに逃げてしまう。だけど王子様が国中の女の子を招いて舞踏会を開き、そこに魔法のドレスを来た女の子が現れて…って。最後、彼女が落としたガラスの靴がまた二人を結び付けてくれる。とても素敵なお話です」
一度間を置いて続きを話す。
「小さい頃はこのお話が好きだったの。王子様に憧れたものよ。まるで運命のような出会いだもの。王子様のお姫様になれるなんて女の子ならきっと誰でも憧れたでしょうね。あ、でも…この物語って…少しエラに似てるわね?」
「似てる?私にですか?」
…アイザックも“灰かぶりのエラ”なんて呼び名がシンデレラを連想させるって言ってたけど…。物語にもそんな連想させるものがあるって言うの?
「確かに…親が居ないとことか、魔女に取り憑かれてたとこが魔女に捕まったって表現出来るかも知れませんけど…。まさかそんな似てるなんてことは」
「あら?でも王子様にはもう出会ってるじゃない?」
そう言ってリチアは近くの机に座って男同士で話すイオニコフに視線を向ける。エラは彼女の視線の先にイオニコフがいることに気がついて小声で訂正した。
「そんなんじゃありませんわ!!確かに気にかけてくださってるのはありますけど王子様なんかじゃ…」
「そう?誰もが憧れる英雄だもの。王子様と言っても差し支えはないと思うけど」
「いや…多くの人の憧れなのは間違いないですよ。王子様だって言われたら誰だって納得すると思います。けど、それは一般的にはであって、私は……」
…王子様だなんてそんなんじゃないわ。だって私はお姫様にはなれないもの。
言葉につまったエラに首を傾げたリチアが本の頁をめくりながら声を掛ける
。
「魔女から貴女を救うと言ったのはイオ様よ」
ニコッと笑うリチアはパタンと本を閉じる。エラは彼女の言葉に目を見開いた。彼女の言うとおり、彼がいたから原初の魔女から逃れることが出来て今こうしていられるのだ。リチアは瞳を揺らしながらイオニコフを見つめるエラの肩を優しくポンと叩く。
「エラは一人で抱え込んで難しく考えてしまうでしょうからこれだけは言っておくわね」
エラはリチアを見る。そこにいる彼女は聖女と称するにふさわしいくらいの優しい笑顔を浮かべていた。
「私達はエラの事が大好きよ」
どくん。
彼女の一言に心臓が強く跳ねる音がした。目を見開いたエラは眩しいくらいのリチアの笑顔に目が眩みそうになる。色褪せた世界だったのに急に鮮やかな彩りが溢れる世界になったような感覚。リチアが告白するのはゲームの最後のイベントだし原作の中でエラに対してリチアが「大好き」だなんて好意を口にする場面は存在しなかった。