第二夜 ②
八個あるエリアという限られたスペースの中で同時に一対一の試合がスタートする。学年最初の模擬試験は全員が同じ魔法学のクラスからのスタートなので誰がどう当たるかは運次第。幸い、エラはキースやリチアと戦う事はなかった。
第一試合、第二試合と順調に進んでいく。それはつまりエラの順番も迫ってきているということだった。エラは内心何かハプニングでも起きてうやむやにならないかと期待していたが、そんなことが起こるわけもなく…とうとう順番が巡ってくる。
「では、次、エリアに入りなさい!」
教師がそう告げる。エラはため息をつきながらエリア内に入る。
「エラー!頑張ってー!!」
観客席から声が聞こえてエラは顔をあげる。クラスの客席側にリチアとキースが並んで座っているのが見えた。リチアが手を振っている。だが、そんな彼女の横で野次が飛んできた。
「灰かぶりー!!頑張るなよー!」
「どーせ魔法も使えない落ちこぼれなんだから棄権したらどうー?」
「一生灰かぶりのままでいいぞー!」
次々にエラに向かって飛ばされる野次にリチアが止めようと声を発したとき、ピピィー!!っと試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
「よぉ、灰かぶり。この試合、オレがもらった!」
そう言って攻撃してきたのは対戦相手の男子生徒だ。
対戦相手の彼は一般的レベルには魔法が使えるようで、的確にエラの風船を狙ってくる。エラは何度か魔法を使おうとするがやはり発動しない。
…もうっ!!!何でよ!!!絶対回避できないっていうことなの!!?
次々に繰り出される魔法を避けるが、相手は炎魔法と風魔法を駆使してエラを追い詰める。
パンッ!
「…ッ!」
「もらった!!! これで二つ目だ!あと一つ!!!」
男子生徒の魔法はエラ自身をも切り刻む。エラが体術で避けたり男子生徒の風船を狙う中、男子生徒はちょっと距離を作っては風の魔法でエラを襲う。
…やっぱり…魔法なしじゃまともに戦えない…!風船に手が届かない…!
風船はあと一つ。
「…こんなの…酷い…一方的過ぎます…。キース…」
観客席から見ていたリチアがキースをすがるような目で見る。が、
「…俺達にはどうにも出来ない…。これは模擬試験だ。下手に手を出せば彼女の成績に関わってしまうんだ」
「そんな…あんなにぼろぼろなのに…」
一方的な攻撃からエラは必死に残りの風船を護ろうと奮闘している。
助けたい。あんなに一方的なものは試験なんかじゃない。
リチアがそう心から思い、胸の前で手を組む。そして願った。
「どうか…エラを助けて…!」
その願いに答えるようにリチア自身の胸元が白い光を放った。
「これは…まさか…聖女の魔法…!?」
隣に座っていたキースが驚いてそう呟いた。まさにその時だ。
一瞬、地上に大きな影が過ったかと思うとそれは通り抜けて晴れ渡る空が顔を出した。眩しいくらいの快晴。
だが、エラの視界には青い空ではなく漆黒の長い髪と大きな生き物の翼が映る。
「…おやおや、彼の所業は学園の校則違反になるんじゃないかい?」
…どうして、彼がここに…!?
「自由、博愛、正義…そして平等。それがこの学園の校則だったろう?一方的な試合は見てて愉快じゃないね」
視界に映った人物の背中を見て、エラは目を見開いて心から驚いた。だが、驚いたのは彼女だけじゃない。対戦相手の男子生徒も放心状態だ。他の試合も一時停止、観客席にいる生徒達もざわざわとどよめく。
「貴方…まさか、イオニコフ様では!?」
監督をしていた教師の一人が声をあげた。
そのセリフに反応したのはキースだ。
「イオニコフ様…だと!?」
「キース、彼を知っているんですか?」
「あ、ああ。リチアは百年前の天地戦争を覚えているか?この大陸の端にある魔王城率いる魔王軍と人間側の連合軍に分かれて繰り広げられた戦争だ。その戦いの中で連合軍を勝利に導いたと言われているのが、当時、この聖クリスタル学園に在籍していた生徒であり、たった一人で千の軍団を率いるに匹敵するほどの大魔導士と謳われた英雄、イオニコフ・メルエム=オーデルセン、その人だ」
「百年前の人!?生きていたんですか?!」
「確か、イオニコフ様は天地戦争の後この学園内のどこかの地下で眠りについたとされていたんだが…」
リチアに説明するようにキースが話した後、聞こえていたのかエラの前に立っている話題の当の本人がキース達の方に声を掛ける。
「やあ、よく知っているね。キミは非常に勉強熱心のようだ」
少しばかり嬉しそうな弾んだ声だった。キースはそれが自分の事だとわかり、嬉しそうに気恥しそうにした。
「これはこれはイオニコフ様…まさか、お目覚めになっていたとは…」
教師陣の中から一人が前に出てくる。初老の男性だ。
「お久しぶりです。ドルイードです」