第十四夜 ①ー1
リチアに連れられてやって来たのはキースの実家だった。
ここは王国騎士団の家系。エラはヒュッと息を飲んだ。王国騎士団は王国に仕える従者のようなもの。王の鶴の一声でどんな任務もこなす。例えそれが戦争であってもだ。そんな厳格で冷酷な組織の家に連れられたことがどんな意味を持つのか。それがエラのような「魔女」であれば尚更。いくら巣食っていた魔女の思念を浄化したと言ってもエミーユが指摘していた通り魔力の色は未だに灰色のままだ。これが何を意味するのか。
心臓がばくばくと早鐘を打ち冷や汗も尋常ではなくなってくる。
…何故!?私を突き出すことはしないって言ってたじゃない!!それを信じたのがバカだったってこと!?
信じられないような目でリチアを見ると視線に気付いた彼女はきょとんとした顔でこちらを見る。
「どうかした?エラ」
「あ、あの、どうして私をここに連れてきたんです?」
「え?どうしてって…もしかして、嫌だった?」
「…だってここは…エドワルド様のご実家ですよね?」
正気なの?と言わんばかりの表情に気付いたリチアはハッとした。
「ああ!!そういうことね!大丈夫よ、心配しないで」
「ええ…?心配しないでって…」
言われたって信用出来る訳がない。エラは首をぶんぶんと横に振る。
「だって私は……それにここは王国騎士団の家系ですよね!?大丈夫だなんて言われても…」
必死なエラにリチアは微笑みを返すだけ。そんな彼女に恐怖を感じた時、屋敷の玄関の扉が開いた。ギィィ…と鈍い音を響かせながら両扉がゆっくりと開かれ、中から顔を出したのはキースだった。
「ああ、来たようだな。中に入ってくれ」
キースに手招きされてリチアが家に入る。エラも後を追い掛けるようにして中に入ったが心臓はばくばくと冷や汗を身体中に滲ませながら脈を打っている。挙動不審と判っていても周囲を警戒してキョロキョロしてしまう。その挙動不審っぷりに気付いたキースはエラを安心させるように、
「今日は俺しかいない。安心していい」
と、言った。それが自身に向けられて放たれた言葉だと理解出来たエラは、
「ご家族の方はお出掛けかなにかですの?」
と確認の為にも訊ねた。
「ああ、学生が夏休みと言っても騎士団には無いからな。今日も王城で鍛練と警備をしている」
「そうですか…」
安心していいのか悪いのか…不安は拭えないが今すぐ突き出されるわけでは無さそうだ。ほんの少し、息が出来る。
「爺や、すまないが俺の部屋に客人に出すお茶を用意してくれ」
キースに促されて立ったエントランスで傍に控えていた爺やにそう指示を出す。「かしこまりました、坊ちゃま」と答えて頭を下げ、踵を返して彼は厨房へと向かった。
その後はキースに案内されて彼の部屋へと向かう。その途中でリチアに「キースを坊ちゃまと呼ぶのは爺やだけに許されているそうよ」と教えてもらった。確かこれに関するエピソードがキースルートであった気がする。キースは爺やを慕っていると言ったハートフルな内容だった。代々王国騎士という肩書きの家に生まれたキースは少々生真面目だ。融通が利きづらいのが難点だがリチアと爺やの一声にはしっかり耳を傾ける。そんなところがイベントとして描かれるものでキースファンがSNSで良く騒がれていたのを覚えている。
キースの部屋は広い割には荷物が少なく机と本棚と、あとベッドとローテーブルにソファーくらいだった。王国騎士団に属する家系は相当裕福なはずだが、どうやらキース・エドワルドは最低限のものしか持たない主義のようだ。ゲームでも見受けられた設定だが正直ここまでとは思っていなかった。
…服はどこかしら。隣の部屋がウォークインクローゼットだったり?
エラは興味津々に部屋中を見渡し、隣の部屋へ続く扉を眺める。そんな彼女にキースはソファーに座るように促した。
三人がソファーに腰掛けたところで部屋の扉をノックする音が聞こえキースが「入ってくれ」と返事をした。すると扉がゆっくりと開き廊下の方から先程の爺やとお茶やケーキが乗ったワゴンを押すメイドが一人、入ってきた。
手慣れたメイドは三人の前にささっとお茶とケーキを並べる。その間に爺やがキースに他の用事も有無を確認し、配膳を終えたメイドと共に部屋を去っていった。