第十三夜 ⑥
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イオニコフと食事した日から二日程過ぎた。夏休みもあと少しという頃、珍しくリチアから呼び出しを受けた。呼び出しと言っても実際のところは寮に戻ってきた彼女にお茶のお誘いを受けただけ。
今の彼女は敵対していないし関わってもゲームのようにパシリや取り巻きになることは無さそうなのでこの誘いを受けることにした。それに、借りられる手は多い方がいいに決まっている。
「良かった。ちゃんと来てくれて」
リチアの部屋に行くとフリルがたくさんあしらわれた可愛いワンピースに身を包んだ姿で出迎えてくれた。しかし、よく手元を見てみるとカバンを持っている。
「?何処かに出掛けられるのです?」
誘われてきたはずなのだけど…。と、エラは首を傾げて咄嗟にからかわれたのかとショックを受けた。が、
「ええ。さぁ行きましょう!エラ!」
と、リチアがエラの腕に抱きついて先導したのでからかわれた訳でもなく約束を破られた訳でもないようだった。
るんるんと笑顔で寮を後にするリチアにエラは困惑するしかない。
…え?何処に行く気!?部屋でお茶するだけじゃ…??
ただ、可愛らしい彼女に腕を引かれるのは悪くない気分だった。大輪の春の花が咲き誇ったような近くにいる者の心に優しく寄り添う暖かな光。ふんわりと香る香りもお日様のような暖かなもので自然と穏やかな気持ちになる。
…ああ、そうだわ。ゲームのリチアってこうだった。だからエラもこの子に憧れたし攻略対象達だって好きになったのよ。
取り巻きAで終わりたくなくて、死亡フラグに関わりたくなくて遠ざけてきたけど本当の彼女はどんな凍てついた心も溶かしてしまいそうな暖かい人だった。その事を思い出す。
何処へ向かっているのか不明なままエラは道中でリチアの話を聞いていた。
「私ね、もっとずっと前からあなたとこうしてお話したかったの。でもあなたはずっと私の事を避けていたでしょう?だからなかなか機会がなくて…」
まるで彼女とデートでもしているような気分になってきたエラにリチアはそう話す。これにはエラは「そらそうだ」と心の中で呟いた。間違いなく、関わることを避けていた。
「あなたが魔女だって知ったとき、凄くショックだったの。でもエミーユがまだ助けられるかもしれないって言った時に迷いは無くなったのよ」
ニコッと笑顔を見せてくれる。それはゲームをしながら可愛いなと思っていた彼女の笑顔。
「私は聖女だって言われて持ち上げられて、魔女を討つべきは聖女だとも言われて…私の意思なんて誰も関係がないのだと思ってた。私は、魔女であっても殺したくなんかない。誰も傷付けたくない。魔女だからってあなたを殺すなんて出来なくて…」
エラが魔女に乗っ取られていたときの話なのだろう。彼女にも葛藤があったうようだ。
…いえ、それは当然よね。リチアは元々平民の出だし久しぶりに生まれ故郷に帰って来て入学した学園で聖女の力に目覚めただけ。いきなり持ち上げられてゲームでも戸惑っている描写があったわね。
リチア・マーガレットは心優しい女の子だ。まさに聖女というに相応しい。誰に対しても平等だが誰にでも優しいが深くは関わらないタイプ。故にエラを一時的にいじめから助けても根本的な解決には乗り出してくれなかった。でもそれはあくまでも原作のリチア・マーガレットの話であってイオニコフやエミーユ達と同じく目の前にいる彼女もまたこの世界に生きているのだ。シナリオが基盤にある世界だとしても個々の感情は誰にも縛ることは出来ないということだろう。
「…エラ、改めて謝るわ。ごめんなさい。あなたを追い詰めるような事をしてしまって…」
頭を下げて深々と謝罪するリチアにエラは申し訳なくなってきた。そもそも距離を置いたのはこっちで、彼女は幾度か仲良くなろうと接して来てくれていたわけで…。
この謝罪の中には海でのこともあるのだろうけどそれはもう済んだこと。
「…リチア様、顔を上げてくださいませ」
エラがそう言うのでリチアも顔を上げる。
「私も人と関わることを避けていたのは事実ですもの。話す機会を持とうとしなかったことは謝りますわ。それに、謝罪ならもういただきました。気になさらないでください。貴女様は私を助けてくださった。それだけで十分ですわ」
ニコッと笑って見せるとリチアの表情がぱああっと明るくなる。本当に嬉しそうな花のある笑顔を浮かべた。二人は微笑みあって目的地へと足を運んだ。