第十二夜 番外編 ④
☆
昼を過ぎた頃、慌ただしく別荘へとやって来たのはアイザックだ。
ハンニバルから連絡を受けた後すっ飛んできたようで、額に汗が滲んでいた。
アイザックが別荘に到着した後、彼は眠るエラの様子を見に行った。イオニコフ達も色々と説明がてら後に続く。
未だ眠ったままのエラの様子を確認したアイザックに事の成り行きを話した。エラが魔女だった事、その核たる魔女を浄化した事、そのまま彼女は眠り続けているという事。
ただ、誰もが驚くだろう内容を聞いてもアイザックの反応は薄かった。
「まるで何もかも知ってたみたいだね」
眠るエラを眺めていたアイザックにイオニコフはそう言った。アイザックは振り向いてイオニコフの顔を見る。言われた彼は動揺もせずどちらかと言うと面倒くさいとでも言いたげな表情だ。
隠す気のないため息をつく。
「…だったらどうだってんだ?」
開き直るアイザックにイオニコフ達は互いの顔を見合わせる。意外な反応に驚きを隠せない。
「え、ちょっと待ってください。アイザック先輩は全部知ってたってことですか?知っててそれで誰にも何も言わなかったんですか!?」
「ん?ああ、まぁそうだな」
アイザックが手でエミーユ達を部屋の外へと追い払い、自身も部屋を出る。扉を閉めて二階の廊下で話し込んでいた。
「別に言う必要ねーだろ。何かした訳じゃないし」
アイザックは腕を組んで壁にもたれる。心底面倒くさいといった顔だ。それと、嫌悪。
「何か罪を犯したわけでもないのに突き出すわけねーだろ」
そう言い切った直後、一階から非難する叫び声が聞こえた。
「魔女は存在自体が罪じゃあないか!!キミは隠匿罪に問われるべきじゃないか!!!!」
吹き抜けの一階を見下ろすとギザイアが眉を吊り上げて立っている。一体どこから話を聞いていたのかギザイアはアイザックを糾弾した。それにローレンが加勢する。
「確かに、魔女の存在を知っていて隠すのは大罪です。何故通報しなかったのです?」
ローレンはあくまでも冷静で大人としての立ち位置を貫こうとしているように見えた。すぐに感情的になるギザイアよりはマシだが、言い換えれば事なかれ主義、面倒事を嫌い保身に走る最低な大人にしか見えなかった。アイザックは二人に対しても不快感を示す。
…あいつら…ゲームでも魔女を糾弾しまくってたよな。聖女や英雄が魔女を殺すことになった要因のひとつだったはずだ。…相変わらず胸糞わりぃ。
階下を見下ろしていたアイザックは二階の廊下に留まっているイオニコフ達に視線を向ける。誰もが複雑な顔をしていた。
…チッ。どいつもこいつも胸糞わりぃ。
液晶に遮られていたあの時とは違う。今はあの胸糞悪いENDを変えられる可能性がある世界にいる。もう歯痒い思いをした自分とは違う。だから、舞台を荒らしたって結末を変えてやる気だ。ゲームやアニメを好きな人間なら一度は結末を変えることを考えただろう。
「何故?簡単な話だ。バレて殺されたくなくて必死に隠して怯えて暮らしてる気の毒な奴を無下に殺させるような非人道的な事はしたくなかっただけだ」
ローレンやギザイアを軽蔑するような目で睨む。イドラは昔からよく知る友人の意外な一面を見て面食らっていた。それはエミーユ達も同じだった。
イオニコフはアイザックがすべて知っていたことに驚きとショックを受けていた。俯いて考え込むと周りの声が遠くなる。
…アイザックはすべて知っていた。それでいて親しい友人のように接してきていた。だから彼女はアイザックには色んな顔を見せていたんだ。きっと何でも相談出来ただろう。気兼ねなく話せただろう。信頼出来たんだろう。ボクと違って、彼に親しくなるのは当たり前だ。
イオニコフは拳をグッと握って力を込めた。
悔しかった。
彼女がアイザックと親しいのは当然だった。
何もかも知っていて受け入れてくれる人を想うのは自然なことだ。
…最初から、ボクが入る隙なんて無かった。何も話してもらえなくて当たり前だった。
それがとても悔しくて悲しかった。
何も事情を知らないで勝手に嫉妬して傷付けた己の未熟さを痛感する。
「悔しいな」
ポツリと呟いた。アイザックやイドラが「何が?」と言うような顔で首を傾げる。イオニコフは彼らを見てクスッと笑う。
「気にしないでよ。こっちの話さ。それより…アイザック。キミはエラについてまだ知ってる事があるかい?」
「知ってることだと?…そうだな…強いて言えば…」
…転生したから結末知ってる、何て言えないしな…。言えることとしたら…アレか。
「あいつは………難しく考えすぎる傾向があるな」
顎に手を当てうんうんと頷きながらそう答えるアイザックにイオニコフ達はぽかんとした。一階にいるローレンもぽかんとしていたが、ギザイアは不服そうな顔をしたまま一階にある泊まっている部屋へと引きこもっていた。
アイザックはそれを確認した上で、
「自分が誰かに愛され幸せになれると思っていない。あんたらが拘る魔女故にな」
一瞬、鋭い目つきでアイザックに睨まれたリチア達は背中に悪寒を走らせた。リチアは思わずキースの服の裾を握る。キースは気付いて彼女の頭をポンポンと撫でた。
「先輩…そんな事思ってたんですか?だからいつも一人で…」
「…エラ…ずっと悩んでたんだね…」
イオニコフは一度目を閉じて深呼吸をする。
…やっぱりもう、間違えたくない。
「…エラの様子を見てくる」
イオニコフは踵を返してエラの眠る部屋に入っていった。一人部屋に入って未だに目覚めないエラを眺める。ベッドに腰掛け、彼女の頬をふわりとなぞるように撫でた。
「ねぇ、目を覚ましてくれないのかい…エラ…。お願いだよ…目覚めてよ…」
ポツリと震える声で呟いた。
☆
アイザックが駆け付けたその日、エラは目覚めずそれぞれが交代で彼女を見守ることになった。エミーユやイオニコフが必死に呼び掛けても反応はなく、彼らの表情は曇っていくだけだった。アイザックは全員の動向を把握しておこうとエラと二人きりの部屋をこっそりと覗いていたが、ギザイアとローレンを抜いた面々は本気でエラの心配をしていた。エミーユは声を押し殺して泣いている姿も見えた。そんな彼らを見てアイザックは何処かホッとしていた。だが彼を除いた面々はこのまま彼女が目を覚まさないんじゃないかと不安に駆られていた。
そんな出来事の次の日にアイザックに見守られる中でエラは目を覚ましたのだった。
エラの体調を考えてもう一泊してからアイザックの家の車にアイザック、エミーユ、イドラ、ギザイア、ローレンが運転する車にキース、リチア、エラ、イオニコフと分かれて乗り込んだ。
後部座席の窓側にイオニコフ、その隣にエラが座った。イオニコフは隣に座るエラの方を見る。視線が合うとエラは慌てたように視線を反らす。ゆらゆらと揺れる車内でイオニコフがエラの手の上に手を重ねるとエラはビクッと肩を震わせて顔を真っ赤にして気恥ずかしそうにする。そんな反応が嬉しくてイオニコフは彼女の手を握る。エラもその手を振り払うことはしなかった。