第十二夜 番外編 ③
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「昨日のあれ、どういう意味なんですか?」
昨日の騒動から一夜明け、朝食を終えた後。二階へ向かう階段を上がっていたイオニコフに声が掛かった。振り返ると階段下にエミーユが立っていた。
「昨日のあれ?何のことだい?」
「…とぼけないでください。エラ先輩を監視するってやつです。どういうことなんですか?先輩を危険人物だと思ってるんですか?」
エミーユは怒っているようだ。ムッとした顔をしている。
イオニコフはというと一瞬だけ呆れた顔をした。
「まさか。そんな事思ってるわけないじゃないか。あの時は彼を納得させるためにああ言ったのさ。それに、監視だって言ったけどボクがあの子の側にいたいだけだから大袈裟なことじゃないさ」
恥ずかしげもなくしれっと言うイオニコフにエミーユはちょっと呆気にとられた。
「先輩…それ自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」
「?何がだい?」
きょとんと首を傾げた後、少し間を置いて視線をエラが眠る二階の部屋へと向けた。
「…ボクはもう後悔したくないからね。間違えたくないんだ。だからあの子の側にいられるなら何だってするさ。…それにキミが言ったんだろ?“どうしてあの時名前を呼んだのか”って」
体調の悪いエラを置いてきぼりにしてイオニコフ達が肝試しに向かった時にエミーユがぶつけた言葉だ。
その事を思い出してエミーユは目を見開く。
「だからさ。ボクは自惚れてみることにしたんだ。あの子に少なからず好意を持たれてるってさ」
ニヤリと不敵に笑って見せる。余裕な笑みにエミーユがぷくーっと頬を膨らませた。
「それなら僕だって好意を持たれてますよ。お菓子食べたいって言ってくれたし、手だって握っても嫌がられなかったし…」
不毛に張り合い始めた二人に割って入ったのはイドラだった。
「監視すると言うが一人では難しいだろう。交代するなら協力しよう」
階段下に立っていたエミーユの後ろにぬっと立ったのはイドラ。エミーユよりも背の高いイドラはちょっとした高い塔のようだ。
「四六時中同じやつにまとわりつかれても疲れるだけだろ」
腕を組んで少しニヤッと口元を緩めるイドラ。イオニコフはムスッとしたがそこにまた別の声が割って入ってくる。
「では、私も参加していいですか?」
ふわっと柔らかな髪質の髪をなびかせてリチアが話に入ってくる。後ろにはキースも控えていた。
ニコッと笑ってお願いするようなポーズをしてみせる。
「ほら、女の子同士でしかいけない場所もありますし…ずっと男の人といると疲れちゃうかもしれませんし、ね」
ふふっと笑う。どう見ても可愛らしい女の子だ。さすがは乙女ゲームの主人公。一気に場の空気が穏やかなものになる。
「…判った。まぁ、そうだね。確かにボクだけじゃどうにもならない時があるね。じゃあ、出来るだけエラを一人にしないようにするって感じかい?」
「ええ、それでいいと思います。エラは…少し嫌がるかもしれませんけど」
リチアが困ったように眉を八の字に下げながら笑った。
「確かに…先輩は…人が集まるところって苦手そうですもんね」
エミーユがうんうんと頷きながら付け加える。それにイオニコフ達もうんうんと頷いて納得した。
そんな彼らのやり取りを離れたところから睨むように見ていたのはギザイア。爪を歯で噛みながらギリギリと音を立てていた。