第十二夜 ⑥
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あの後、アイザックに聞かされたのはエラが眠っていたのは二日間だったということ。夜になって一階に起きてきたエラを見てギザイアは不愉快そうな顔をし、ローレンは心配はしていたのか彼女の顔を見てホッとしたような顔をした。
「もう体調はいいのですか?」
「ええ、大丈夫です」
エラはローレンとほとんど接点がない。彼の態度がエラにとって良いのか悪いのか良くわかっていないのだ難点だ。彼だってエラが魔女であったことを知っている。だから何を腹の中で考えているのかわからない。
エラはローレンと不服そうにしているギザイアを警戒する。リチア達のように通報しないとは限らない。それが不安を掻き立てる。不安が顔に出ていたのかイオニコフがエラの肩に手を置いて覗き込んできた。
「エラ?まだ体調が良くないなら部屋で休むかい?」
心配そうにそう訊いてくれるイオニコフにエラはホッとして自然と笑みを浮かべた。
…ああ、そうか。もうあんな冷たい態度を取られたりしないんだわ。
「いえ、大丈夫です。心配かけてしまってすみません」
「そうかい?無理しないようにね」
優しい声でそう言ってくれるイオニコフを見てエラは心の底から安堵した。魔女であってもなくても彼が敵になることは無さそうだ。それはリチアもだ。彼らによる死亡フラグは手折られたと言えるだろう。
☆
別荘を出て一行は浜辺へと移動した。もともと予定していた花火をするためだ。二日遅れでの開催となった。
とはいえエラはみんなと少し離れたところで石に腰掛けていた。
波打ち際近くで花火を楽しむギザイア達から距離を取っている。正直、ギザイアとローレンと関わる気にはなれなかった。良く観察してどういう行動を取るか見極めなければ…。そんなことを考えながら魔法で打ち上がる花火を眺めた。そこにアイザックがやって来る。
「よぉ、エラ」
「あらアイザック。どうかした?」
「それはこっちの台詞だ。手持ち花火はやらないのか?」
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま歩いてきたアイザックはエラの隣に腰掛ける。
「私は…いいわ。やめとく」
「なんでぇい。まだ落ちこんでんのか?」
「落ち込んでるって訳じゃないけど…まぁ手離しで喜べる状態じゃないから…気分じゃないってだけよ」
「ふーん…。まぁでもさっきも言ったろ?皆で考えろって」
アイザックは団扇を取り出してパタパタと扇ぎ始めた。夏の夜は蒸し暑い。海岸だからこそ海風のお陰でまだましだが。
「…その、皆で考えろってどういう意味よ。イオニコフ達に協力を仰げって?無理でしょ。だってあくまでもこの世界はー…」
「でも、もうかなりシナリオは変わってるぞ。それにあいつらはもう、当初のシナリオからは外れてるだろ」
「え?う、うん…。それはそうかもしれないけど…」
「…お前さぁ、ちょっとは楽に考えてみろよ」
あきれたようにアイザックはため息をついた。ため息をつかれてエラは驚いたがアイザックはじとーっとした目で彼女を見つめた。
「いくらここが乙女ゲームの世界でもあいつらだって生きてんだぜ。自分の感情があるってこった。じゃなきゃ、お前の頬や額にキスなんてしねーだろ」
その台詞を聞いたエラは固まった。
…え?ちょっと待って?どこまで知ってるの????
「どー考えてもお前に対して好意あるだろーが。言っとくけど、俺が駆け付けたとき、天使くんと英雄が一番眠ってるお前のこと心配してたんだぞ」