第十二夜 ⑤
それと同じくらいに部屋の扉の方から声が漏れ聞こえてきた。
「イ~オ~ニ~コ~フせんぱ~い~」
じとーっとした声だ。声に振り返ったイオニコフとエラの視線の先にいたのは扉の隙間から覗くエミーユだった。そしてバーンと扉を開け放ち、どかどかと部屋の中に入ってきたのは彼だけでなく、
「エラ!良かった!目が覚めたのね!」
嬉しそうに微笑むリチアと、
「体の具合はどうだ?」
と、キースが体調を訊いてくれる。
それにイドラとアイザックも一緒に来ていた。
あっという間のエラのベッドの周りはリチア達に囲まれた。
「イオニコフ先輩、抜け駆けは無しですよ!」
「何を言ってるのさ。先に抜け駆けしたのはそっちじゃないか」
エミーユとイオニコフが何故か口喧嘩を始めた。エラはポカーンとしてその様を眺める。
…どうして二人が喧嘩してるのかしら?
首を傾げるエラにリチアが話し掛けてくる。
「エラ、大丈夫?痛いところはない?」
眉を八の字に下げて困ったような表情で訊ねてくる。ふんわりとした可愛らしい女の子であるリチアに心配されるのはなんだか気恥ずかしい。というか今まで関わるのを避けていた彼女に心配されるということが複雑でもある。
「え、ええ…。大丈夫ですわ…」
なんとか声を絞り出す。引きつった笑顔のエラにリチアは申し訳なさそうに謝罪を口にした。
「…ごめんなさい、エラ」
「え?」
「海でのこと…」
「えっと、それはどういう…?」
リチアは伏し目がちに話す。
「せっかく貴女を誘ったのに寂しい思いをさせちゃったわ。…私、イオ様とずっと一緒にいたでしょう?彼に頼まれたことだったのだけど、それが貴女を傷付けてしまったの。ごめんなさい」
「え、あ、いや…その事はもうイオ様に謝罪はいただきましたから…」
嫉妬だったという謝罪はあった。けれどまさかイオニコフがそんなことを頼んでいたとは…。
「…それと…、貴女の中にいた魔女のことだけど…」
その言葉にエラの心臓がドキンと跳ねる。思わず布団を握る手に力がこもった。ごくりと唾を飲み込んで次の言葉を待つ。
「多分、私の力で浄化できたと思うの。ただ、エミーユが言うには貴女の魔力色は灰色のままなんですって」
「灰色…ですか…。…あ、あの、お聞きしたいのですが、私が魔女だってこと…学園には通報しないんですか?」
エラの疑問にキースが首を横に振って答えた。
「通報はしない。今、その力を持っていないだろう。ただの人間を通報する奴はいないからな」
「そうよ。魔力は浄化したんだもの。もう怯えなくていいのよ!」
ニコッとリチアが笑う。まさか魔女だと知られても生かされる展開になるだなんて思っていなかったエラは拍子抜けた。
「…もういいだろう。もう少し休んだ方がいい。エーデルワイスを寝かせてやれ」
部屋の扉の前で腕組みをして立っていたイドラが口を開いた。それを合図にリチアとキースは扉の側に移動する。
「あ、そうだ!エラ先輩!聞きたかったんですけどいいですか?」
さっきまでイオニコフと口喧嘩をしていたエミーユがエラに尋ねた。
「アイザック先輩とはどういう関係なんですか?」
こてっと首を傾げて聞いてくるエミーユ。エラはまたかと思ったがアイザックは鳩が豆鉄砲くらったかのような反応をした。
イオニコフも耳を立てた。
「え、っと…何て言うか…ど、同盟関係?ですわよね?アイザック」
エラはアイザックに話題を振った。助けを求めるように。すがるような視線に気付いたアイザックはガシガシと頭の後ろを掻きながら答えた。
「あー…まぁ、同盟関係っつーより…一種の…運命共同体じゃねーかな」
口からポンと出たその一言にイオニコフもエミーユ達もバッ!と二人を見比べた。どう考えても誤解を生みそうだったがエラはベッドから飛び降りて扉の側に立つアイザックに向かって走っていき、平手を掲げる。リチア達が驚いた次の瞬間にはエラとアイザックはグータッチをしていた。
「そうね!確かに私達は運命共同体!」
「だろ?」
まるで盟友、相棒のような頼もしい感じの二人の関係に周りは呆気にとられるだけだった。