第十二夜 ④
「…ねぇ、エラ。聞いてもいいかい?」
「はい?何でしょう?」
イオニコフはエラを抱き締めていた腕を離して改めて彼女の手を握り直す。エラも握り返す。
「…アイザックとは…どういう関係なんだい?…恋人…?」
エラはこの質問の意味がしばらく判らなかった。
…彼は何を言っているの?アイザックがどうしたって?
「それに…エミーユとの関係も…。すごく親しい、だろう?」
まるで捨てられた子犬のような目で見つめてくるイオニコフにエラは困惑した。
なんだろうこれは。何を聞かれているのか。
「ちょ、ちょっと待ってください、整理させてください!私と、アイザックがなんですって?」
「え?だからアイザックとは恋仲なのかい?って…」
エラは固まった。
もしやイオニコフが言う嫉妬していたというのはアイザックとの事だったというのか。そのせいでこの二日間あんな思いしたという事?
「あ、有り得ませんわ!!!!」
思わず大きな声で叫んでしまった。イオニコフは驚いて目を丸くする。
…これはどういうことなのよ!てかなによそれ!!そんな風に見えてたの!?冗談じゃないわよ!
「アイザックとはそんな関係じゃありませんわ!誤解しないでください!毛ほども有り得ないお話ですわ!」
あまりにも必死に否定するエラにイオニコフは首を傾げた。
「でも…よく二人で会っているじゃないか。それに…すごく親しそうに。キミも、彼と一緒の時は生き生きとしている」
イオニコフの話にぶんぶんと首を横に振って否定した。
「違いますわ!確かに彼は気兼ねしないと言う意味では親しいかもしれませんがそんな甘い関係とは無縁です!!…そう…強いて言えば同盟関係を結んでいるような感覚ですわ」
彼にしか話せないことがあるのは事実。だがそのせいで勘違いからこんなすれ違いが起きるなんて思っても見なかった。嫉妬システムなんて主人公であるリチアにしか適応されないものだと思っていたからだ。
力説するエラにイオニコフは少しだけ怪しいと疑ってしまう。そんなに必死に否定するなんて、と。
「イオ様?聞いてますか?」
エラにそう尋ねられ、イオニコフはハッとした。
「ああ、うん。聞いてるよ。…本当に、彼とは何でもないの?…同盟って…それは…」
イオニコフの反応にまだ納得されていないと悟ったエラは彼の手を握り最後の一押しと言わんばかりに言葉を付け足す。
「同盟は同盟ですわ。ひとつの目標のために協力しあっているだけです!それに、もし恋人のような関係になるならアイザックではなくイオ様のような方の方がいいですもの!!アイザックはどちらかと言うと相棒や盟友といった方がしっくりきますわ」
まるで自分を納得させるかのようにエラは話したが、それを聞いたイオニコフは頬を少し桜色に染めていた。
…そうか。そういう相手はボクの方がいいんだ…。
もうそれだけで良かった。思わず口元がほころんでしまう。胸に広がる甘い感覚にイオニコフはドキドキと胸をときめかせた。
「うん。わかった。ごめんね、変なこと聞いて」
「え?あ、判ってくださいましたか?それならいいんです」
こほんと咳払いをしてエラは落ち着いた。済ました顔をしてはいるが恥ずかしさからかちょっと頬が赤い。イオニコフはそんな彼女をまるで愛しいものを見るかのような穏やかな瞳で見つめた。
…ああ、やっと会えた。初めて出会った日のキミに。
旧校舎に喧騒を連れて現れた女の子。真面目でおっちょこちょいな構いたくなる女の子。初対面でギーウィに驚いて逃げ出したかと思えば慌てて戻ってきて尻尾を踏んだことを謝ってきた素直な子。
イオニコフはスッと手を出してエラの頬に添える。
エラは驚いて固まった。どんどん近付いてくる美男子の顔に心臓はばくばくだったが急な展開に驚きすぎて動けなかった。
彼の顔が眼前に迫った時、エラは思わず目をつぶった。怖さもあって警戒したが自身の額に何か柔らかいものが当たる。フワッと触れてゆっくりと離れていく。それと同時に頬に添えられていた手も離れていく。
エラはそれと同時に目を開ける。少し距離をおいて、イオニコフの顔が視界に映る。顔面偏差値がカンストしている美男子が目の前にいてしかも…。
…いま、何された…?額に…何か柔らかいものが…。
エラは思わず自分の額に手を添える。何となく触れられたところが暖かい気がする。イオニコフの顔を見ると彼は返事するように自分の唇に人差し指を添えた。その仕草を見てエラは自分が何をされたのかを悟った。
「ーーーーッ!!?」
ぼッ!と一瞬にして顔がゆでダコのように赤く染まった。