第一夜 ③
「…ねぇ、大丈夫?そのままじゃ良くないわ。汚れを落として着替えましょう?」
再び声を掛けられてエラはハッとしたように意識を取り戻す。どうやらトリップしていたらしい。目の前には心配そうにこちらを見ているリチアが立っていた。
「ちょっとー!転校生、なんなの?邪魔しないでよ」
「その子はそれでいーのよ!それで喜んでるんだからさ!」
「そーそー。そいつは灰かぶり。公認なんだから気にすんなって」
リチアの背後から聞こえる声にエラはため息をついた。
…ゲームをしてるときから思っていたけど…ホントに胸くそ悪いイベントだわ。臭いし汚いし…最悪…。
呆れながらパッパッと制服や髪についたチョークやゴミを叩き落とす。冷静なその対応に驚いたクラスメイト達だったが、さらに驚いたのは…。
「…いい加減にしろ。こんなことをして、いったい何が楽しいんだ?」
エラの前、リチアの隣に立ったのは…。
「…キース…エドワルド…」
エラはぽそりと呟いた。リチアの隣に立ち、クラスメイトを牽制したのは攻略キャラのキース・エドワルド。主人公の幼馴染で、六歳の時に主人公の引っ越しによって離ればなれになっていたという設定。今回の転校によって十年ぶりに再会した訳だ。大抵のプレイヤーが真っ先に攻略するであろう最も攻略難易度の低い王道キャラ。
騎士道精神の塊のようなキャラクターなのだが、一年生の時はクラスが違った為に接点は無かった。その為、こうして助け船を出してくれることもなかったわけだ。
…これもゲーム通り…。
「なんだよお前ら!何でそんなやつ庇うんだ!そいつは灰かぶりだぞ!」
…そうそう。これもゲーム通りの進行。執拗に繰り返す“灰かぶりだから”という主張をキースが一蹴するんだ。
「だからなんだ。それが他者を虐めていい理由になるとでも言うのか?」
冷たい目で、教室内を睨むように言い放つ。
「誰か正当な理由を提示出来る者がこの中にいると言うのか?彼女がお前達にいったい何をしたんだ。…俺が知る限りでは、彼女は誰かを攻撃したことはなかったはずだが?」
しん、と静まり返る教室。誰も反論できない。そう、これが主人公との接触イベントだ。キースとは直接接点は無かったが、このセリフから見るにエラが灰かぶりと呼ばれ虐められていることは知っていたのだろう。だが、直接に手を出すことをしてこなかったということだ。まぁ、ここは所詮ゲームのシナリオ。本来描かれるはずのない場面なので何とも言えない。
とまぁ、この後主人公ことリチアがこう言ってイベントを締めくくったはずだ。
「大丈夫よ、私達がついているわ。もう誰にも虐めるなんてさせないわ」
☆
放課後。
寮の自室でエラはノートを開いていた。
…結局、接触イベント自体は回避出来なかった…。となると次のイベントは…。
ゲームの本編を思い出す。接触イベントの次は確か、そう、模擬試験イベントだ。目下最大の目的である落ちこぼれポジションを脱却すること。
正直、あの接触イベントはゲームシナリオの中でも最も賛否の分かれたイベントだった。そもそもが後半のイベントで主人公の引き立て役にするための無理矢理なイベントだったとも言えるからだ。ただ、このイベントは周回プレイする場合はスキップで飛ばしてしまう部分であるので違和感は初回プレイ時のみで、後々は忘れてしまう程度のもの。取るに足らないものとしてスルーするしかないだろう。
「…はぁ…。どうしよ…模擬試験…」
未だに魔法は上手く扱えない。どうなることやら…。