第十二夜 ②
☆
ー ふーちゃん、ごめんね。さよならもありがとうも言えなかった ー
ー お父さん、お母さん…親不孝な娘でごめんね… ー
つぅ…と一筋の涙が頬を伝う。
ふと目を開けるとそこは見慣れない天井が広がる。
しばらくボーッとした頭でここがどこなのかと思考を巡らせる。すると急に視界ににょきっと男の顔が入り込む。
「よぉ。気が付いたか、エラ」
思わず二度見三度見のレベルで瞬きをした後、ガバッ!と跳ね上がるように飛び起きた。
「アイザック!!?あなた何故ここに!?!?」
視界にいるはずのない人物が映って驚いた。アイザックだ。驚いて飛び起きて気がついた。ここはあの別荘の部屋でベッドで眠っていたことに。
「え?何?どういうこと??」
「まぁ待てって。今、説明してやっから」
アイザックは落ち着かせるようにエラの肩を軽く叩く。エラも少し落ち着いて話を聞く体勢になる。
「まず、悪かったな。通信出てやれなくて。あの後折り返したんだが何回掛けても繋がらないから何かあったかと思っててな」
ガシガシと頭の後ろを掻きながらアイザックは申し訳なさそうに話す。
「そこにハンニバルから連絡が入ったんだ。そんで飛んで来たって訳だ」
「飛んで来たって…私、軽い熱中症で寝込んでただけよ?大袈裟ね」
あきれたように話すエラ。だがアイザックはぽかんとした様子だった。これにはエラは首を傾げるしかない。
「何?私、変なこと言った?」
「…お前、何も覚えてないのか?」
「へ?何の話よ?」
頭の上にハテナを飛ばすエラにアイザックは呆れつつも説明する。
「…お前、最終覚醒してたんだぞ」
その言葉にエラは体をビクッとさせて驚いた。顔は青ざめる。それは死刑宣告といっても違いない言葉。
それはアイザックだってわかっている。だから落ち着かせるように続きを話す。
「安心しろ。お前の中に巣食ってた原初の魔女とやらは聖女が浄化したらしい。…聖女も英雄もお前を殺す選択をしなかったんだ。ついでに魔女ごと消すって話を阻止したのは英雄だ」
彼の言葉にエラは動揺した。
…魔女を浄化?イオニコフが味方した??何?どういうこと?
さっぱり判らない。というかどうして私は生きてるの?
「まだよくわからんって顔だな。詳しく話すとだな、お前と魔女は二人でひとつの体を共有している状態だったらしい。魔力が二種類あったんだと。でー…だな、魔女の魔力だけを聖女が浄化したんだ。だからお前の魔力は消されることはなく、こうして一命を取り留めたって感じだな」
「…な、なるほど?そんなことが出来たのね…。でもそれならなんでゲームじゃ殺されなければならなかったのよ?」
「そりゃあ、好感度が足りなかったからだろ。今回、竜人の坊ちゃんはお前ごと消せばいいと言ってたらしいが、天使くんや英雄が反対したと聞いたぞ」
「好感度の賜物だな」とアイザックは付け加えた。足を組みかえて座り直す。ほんの少し笑っているようで口角が上がっている。
この世界において魔力は一種の生命エネルギー。一般的な人も当然持っているがそれを自在に操って魔法と変えられるのは魔力使いのみ。これには素質が必要で学園に通う者はこの条件にクリアした者である証。
魔力を失えば命を落とす。
既に思念体であった魔女は命を落とすことがないが浄化によって消滅したと言える。特に聖女の力は浄化の力。闇を浄化し消滅させる聖女の力は闇に生きる全ての生き物にとっては脅威そのものだ。
…魔女が浄化された…。じゃあ、私は?私自身は…?
もう殺されるかもしれないと怯える必要はないという事?
「……」
まだちょっと信じられないでいる。そんなエラにアイザックは声をかける。
「難しく考えるこたねーよ」
「え?」
「ただ、まだ完全に安心出来るわけじゃない。なんたってまだ最終イベントが残ってるからな」
その言葉にエラは大きく目を見開いた。
そうだ。最終イベントの前にある学園祭。その最終日にエラは完全覚醒し魔女となる。その後学園に魔軍を呼び寄せ襲わせている間にエラは行方をくらませる。その後の最終イベントが起きる魔王城での舞踏会。そこでエラは最期を迎えた。
「いくらお前の中の魔女がいなくなって脅威が去ったとしても後のイベントにどう影響するかはわかんねーからな」
それはその通りだ。だから手放しには喜べない。それがエラの心に影を落とす。
「そう…よね…」
「まぁ、これからは皆で考えるんだな」
ポンッ、とアイザックがエラの頭の上に手を置いて軽く撫でる。そのあとすぐに立ち上がって「誰を最初に呼んで欲しいんだ?」と聞いてきた。
…アイザックってちょっとお兄ちゃんみたい…。面倒見がいいというか…。
誰を呼ぶか、ということは他のみんなもまだこの別荘にいるということだろう。それなら…。
「じゃあ、イオニコフを呼んでくれる?」
「りょーかい」
そう答えるとアイザックはひらひらと手を振って部屋を出ていった。