第十一夜 ③ー3
魔女は消してしまうべきだ。葬らなければならない存在だ。だが、どうして英雄もそれに聖女までもがそれを拒むのか。彼は理解が出来なかった。
例え人間が媒介になっているとしても魔女の魔の手から光の世界を守るためならば安い犠牲のはずだ。それに媒介になっている娘はあの「灰かぶり」。学園中の嫌われものの虐められっ子だ。そんな人間を守りたがる人間がいるなんて理解が出来ない。
何故、あの灰かぶりは英雄の気を引けるのか。何故、あの灰かぶりは聖女を味方に出来るのか。何故、何故何故何故何故何故何故。
何故、生徒会の属する竜人族のこのギザイア・メイクスを蔑ろにするのか!
地面についていた手で土を抉るように握る。爪の中に土が入り込もうとも気にしない。ただ鬼のような形相でイオニコフ達を睨んだ。
納得出来ない。あんな小娘、確実に魔女をやれる方法を変えてまで助ける価値など無いと言うに。
『そうよぇ。価値なんてないわよねぇ』
耳元に吐く息と共に聞こえてきたのは魔女の声。ゾッとして全身が硬直した。そんなギザイアの肩に魔女の手が添えられる。背後に、魔女がいる。
ギザイアは悲鳴を上げることもなかったが、今まで視界に捉えていたはずの魔女が消えたと思ったら背後から声が聞こえイオニコフ達は一斉に振り向いた。そこには尻餅をついたままのギザイアと彼の両肩に背後から手を添えこちらに笑みを浮かべてくる魔女がいた。
「いつの間に…!?」
ローレンが思わず声を上げた。ついさっきまでそこにいたのに。
『ふふ…貴方もいい匂いがするわね…。闇に染まりそうな香しい匂い』
ギザイアの顎を指で撫でる。体そのものはエラのものなのでまるでエラが彼を誘惑しているようにも見えてしまう。それを見たイオニコフが瞬間的に殺気を放った。
エミーユやイドラが気付いて視線を魔女からイオニコフへと移したときだった。直後に魔女の悲鳴が聞こえた。
『きゃあッ!!!!』
反射的に声の方を振り向くと視界に移ったのはギザイアを突き飛ばして体勢を立て直そうとする魔女と彼女のドレスの裾が抉られたように破けて魔力が漏れていっているその瞬間だった。
ドスッ!
次に何かが地面に突き刺さる音がしてドレスの奥に視線を向ける。
「あれは…聖なる矢?」
目を見開いて驚いたイオニコフが今度はリチアの方を向く。
キースの後ろに立っていたリチアが弓を構えている姿が映った。光の弓を。
「やっぱり…聖女の力は魔女に効くんですよ!」
エミーユがそう声を上げた。「聖なる光の矢」に射ぬかれた魔女のドレスは修復することはなくそこから魔力が漏れ出していく。魔女は咄嗟に裾を掴んで結んだが、微量に漏れていってしまう。
「魔力を具現化して身に纏う。これって確か上級魔法にある特防や術防を上げるためのものですよね?」
「うん。そうだね。流石は何百年と生まれ変わる魔女だ」
イオニコフが感心したように言う。魔女のような危険人物でなければ色々と談義してみたいものだ。
だがそんな事を言っている場合ではない。今の攻撃で腹を立てただろう魔女の相手をしなければ。
現に魔女は鬼のような形相でリチアを睨んでいた。
『聖女……邪魔ねぇ。やっぱり』
くるんくるんと大鎌を右へ左へ回転させて構える。そして大きく振りかぶって見せる。それを見たキースはリチアを背に隠して氷の剣を構え、イオニコフやエミーユ達も守るように前へ出た。
『いっそみんな殺してあげるわ。そうすれば…邪魔者はいなくなるし、あの子も絶望しきってくれるものね』
ニヤリと笑う。
イオニコフは魔女の言葉を危機逃さなかった。
…絶望しきってくれる…。それはつまり…まだエラは闇に染まりきっていない。すべてを喰らい尽くされたわけじゃないってことだ!
こんなことになってしまったのは自分のせいだ。彼女が出していたサインに気付かないふりをした。つまらない嫉妬で冷たい態度を取った。その結果がこれだ。彼女を魔女にしてしまった。その可能性があることもそうだったとしても回避できる方法も知っていたのにだ。
…知っていたのに何もしなかったのなら見殺しにするのとおんなじだ。
そんなことは許さない。絶対に助け出す。