第十一夜 ②ー8
そんなやり取りの横で足元から崩れそうにふらつくイオニコフは目の前が真っ暗なままだ。
…ボクは知っていた…。エラが魔女かもしれないって。なのに…。
つまらない嫉妬で冷たい態度を取ってしまった。一人にしてしまった。エラはアイザックやエミーユと一緒にいたしボクじゃなくてもいいんだと。でもエラは何度か話し掛けてくれた。それを無視したのは僕だ。
…これは…ボクのせいだ。そうかもしれないって判っていたのに。ボクの失態だ。
エミーユが話していたエラの魔力の色の事。あれが本当なら、間抜けだったのは自分自身だ。
馬鹿だ。彼女はずっと気に掛けてくれていたのに…。
自惚れても良かったのかもしれない。彼女は少なからず想ってくれているんだと。彼女も一緒にいることを喜んでくれているって。
後悔先に立たずとはまさにこの事だ。イオニコフは後悔してもしきれない思いを胸に抱える。その彼の耳にある言葉が聞こえた。
「まだ先輩はいなくなってません!まだ助けられるはずなんですよ!」
イオニコフはそれを聞いた瞬間、食い付いた。まだ可能性があるならすがりたい。
「エミーユ…それはどういうことなんだい!?」
「え、っと…」
イオニコフの勢いに圧倒されたエミーユは少し戸惑ったが、気を取り直して説明する。
その前にエミーユはみんなと距離をおいてその場で天使の姿に戻って見せた。片翼の翼が月の光に反射して輝く。エミーユが初めて見せるその姿にその場にいた全員が息を飲んだ。
「…ご覧の通り、僕は天使族です。そして天使族には生き物が持つ魔力の色を見ることができるんです。…さっき、魔女が姿を消す前に見た魔力は真っ黒でした」
それはエラの魔力が魔女の魔力に上書きされたという証拠。もうエラの意識がない証拠。だからそれは吉報でも何でもない。イオニコフ達は首を傾げた。
「でもそれではエラは助からないんじゃ…」
リチアが不安そうに訊ねるがエミーユは首を振って否定した。
「でも、真っ黒な魔力の中に一点だけ白い部分があったんです!」
「白い部分?」
イオニコフが聞き返す。
「そうです。色がふたつあるってことは属性の違う意識がふたつあるって事なんです!だから、まだ先輩は居なくなってない。まだ助けられるかもしれないです!」
エミーユがそう話すとそれを聞いたイオニコフが閃いた。
「そうか…」
イオニコフの反応に周りはきょとんとする。
「聖女の力は闇を浄化する力。でもまだエラの意識があるなら闇の魔力だけを浄化出来ればいいんだよ」
「そうですよ…闇に染まった魔力そのものを浄化すれば先輩を助けられます!」
イオニコフとエミーユの表情が明るくなるのにつれ、反対にギザイアの表情はどんどん険しくなる。
「まどろっこしいじゃないかぁ。まとめて消してしまった方が早い」
ギザイアのエラの命をなんとも思わない態度にエミーユもイオニコフもカチンときた。それはイドラもだった。
「…口は慎んだ方がいい。魔女こそ討ち滅ぼさんとするのはわかるが、まだ助かるかもしれない人間の命を無下にすることは許されない。学園の規則でも人の命を奪うことに魔法を使うなとあるはずだ」
イドラはギザイアを睨む。睨まれたギザイアは不服そうにしながらも黙った。
「私は何をしたらいいの?エラを助けられるのよね?」
「だが、どれも憶測だろう。失敗したらどうする?」
「確かに…でも他に手立てはない。やってみるしかないさ」
キースが難色を示したがイオニコフは言い切った。
「やるなら急いだ方がいい。その白い部分がなくなったら手遅れだということだろう?」
イドラがそう急かす。その声でイオニコフ達も行動に移る。
「リチア!キミなら魔女が何処へ行ったかわかるんじゃないかい?」
「え?そ、そうですね…。多分、あっちです」
そう言ってリチアは森の方を指差す。それは肝試しで行こうとしていた灯台の方角。
リチアは聖女だからこそ負の存在である闇の魔力を察知することが出来た。今まではエラの魔力の中に紛れていたので察知出来るほどではなかったが、現在は魔女の魔力が姿を表したので聖女の力で魔女の位置まで察知出来るようになっている。
イオニコフ達はリチアの指し示した方角へと走り出した。